Pelican Club Europe 2005年10月号 掲載原稿(掲載版とは若干違う表現あり)
「ドイツのクリスマスマーケット」

クリスマス直前の数週間、ドイツを初めとするヨーロッパの各都市ではクリスマスマーケットが開催される。夜の闇の中にほのかに輝く屋台に並ぶ色とりどりの装飾品。食欲をそそる焼きソーセージの香り。心も体も温める一杯のグリューヴァイン。そして何より、街中から集る人々の賑わいが、華やぐクリスマスの雰囲気を演出している。クリスマスマーケットは、最もヨーロッパらしいヨーロッパを見出すことのできる場所である。そこには、冬の厳しい寒さの中でも、郷愁と暖かさを感じることができるだろう。

 

クリスマス休暇の旅行先といえばどこが思い浮かぶか。イギリスの暗く寒い冬を脱して、南の島へ太陽を求めに行くのも良いだろう。だが、今年は敢えて、イギリスよりもっと寒いドイツに行ってみてはどうだろうか。この時期、ドイツの各都市はクリスマスマーケットで賑わっており、いかにもヨーロッパらしいクリスマスを実感することができる。それは、体は寒くとも、心温まる旅になることは間違いない。

クリスマスマーケットとは

クリスマスマーケットとは、クリスマスに至るまでの4週間程度、11月末頃から、街の中心の広場(教会や市庁舎の前にあることが多い)に開設される露店の群れである。フランス、ベルギー、スイスといった国々の都市にも多くみられるが、やはり本場はドイツであある。注意したいのは、クリスマスマーケットは通常、クリスマスイブ(1224日)ないしその前日(1223日)が最終日であり、25日以降に来てももう片付けられてしまっていることが多い点である。ドイツ観光局のホームページに主な都市のクリスマスマーケットの日程が掲載されているので、予めそれをチェックしておくのもお勧めだ。

温ワインから土産物まで―魅惑的なマーケットの商品

クリスマスマーケットには様々な店が立ち並び、食べ物からお土産物、さらには日用品に至るまでありとあらゆるものが売っている。マーケットに着いたら、まずは手近なスタンドで「グリューヴァイン」を一杯買って、それで手と体を温めながら見て回るとよいだろう。グリューヴァインとは、イギリスではマルドワイン、フランス語圏ではヴァン・ショーと呼ばれるが、ワインを、果物や香料を入れて甘く味付けし温めたものである。熱い上に、アルコールが入っているので、これを飲むと体が芯から温まり、しばらくは外の寒さも苦にならなくなる。大きな釜やポンプから、絵柄の付いた陶器のマグカップに注いでくれるのが特徴だ。値段は一杯1.5ユーロ程度が普通だが、注文すると4ユーロぐらい請求される。これは、マグカップ代が含まれているためであり、飲んだ後にマグカップを店に返却すると、その分は返してくれる。もちろん、お土産としてマグカップを持ち帰ってもよい。たいていカップにはその都市固有の絵柄、都市名が書いてあり、長靴状など独特な形をしたものもあるので、様々な都市のクリスマスマーケットを巡り歩いてカップを集めてみるのも面白い。

お腹が空いたら、食欲をそそる匂いに惹かれるままに食べ物のスタンドに行ってみよう。露店で売られる食べ物の代表格は何と言っても焼きソーセージ(ブラート・ブルスト)である。必ずパンと一緒に出してくれるので、それだけで軽い食事にもなる。ドイツのソーセージは、まさに早い、安い、美味い、の三拍子揃ったファスト・フードの王様だ。ソーセージも地方によって違いがあり、例えばチューリンゲン地方の都市では長く豪快なチューリンガー・ソーセージが、ニュルンベルクでは逆に小指ほどに小さいソーセージをカリカリに焼いていくつも食べるニュルンベルガー・ソーセージが一般的である。ヴァイス・ブルストという茹でたソーセージに甘いマスタード(ゼンフ)を付けて食べるものも美味しく、これはミュンヘンが本場だ。

他にも様々な食べ物があるので、あちらこちらでつまみ食いをするのも楽しい。肉のバーベキューや、巨大な鍋でマッシュルームをいため、サワークリームを付けて食べる料理もよく見かける。また、付け合わせに欠かせないザワークラウトや、シュペッツェーレというパスタのようなものも、単品で売っていたりする。店によっては、スープや、より本格的な料理を出してくれるところもある。

色とりどりのお菓子も見逃せない。お菓子の屋台の店先に、ハート型などをしたチョコレートのようなものがいくつも釣り下がっているが、これはレープクーヘンという、ハチミツやシナモンを入れて作ったクッキーのようなものである。これをチョコレートで覆い、さらにその上に「Ich liebe Dich(I love you)などの文字を書いたりする。他に、キャンディーや、わたあめのようなお菓子も人気がある。多種多様なお土産物にも目移りする。クリスマスらしい、木彫りの人形や、煌びやかな銀器、ロウソク、クリスマスカードなど、ありとあらゆる品々が所狭しと並べられている。

ニュルンベルクのクリスマスマーケット

クリスマスマーケットは、ドイツのほとんどの街で開催されているが、中でも最もよく知られるのは、ニュルンベルクである。

ニュルンベルクは、ワーグナーの歌劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」でもその名を知られ、中世からの長い歴史を有する街である。第二次大戦では壊滅的な被害を受け、またこの地でナチの戦犯に対する軍事裁判が行われるなど、暗い過去もあったが、現在は、石畳の道と切妻屋根の家々が連なる昔ながらの街並みが再現されている。鉄道の駅を出るとすぐに街を取り囲む城壁と門が見える。その門から通じる「職人広場」は、入り組んだ小路の中に工芸品を売る店が立ち並び、たちまちのうちに、中世の都市に迷い込んだかのような感覚に捉われる。

街の奥には、ニュルンベルクのシンボルともいえる城(カイザーブルグ)が小高い丘の上を占めている。11世紀に建てられたこの城は、中世の姿をよく残しており、ここの塔からは、切妻屋根のひしめく旧市街を一望することができる。

城から少し下ったところには、北方ルネサンスを代表する画家・版画家であったアルブレヒト・デューラーが仕事場としていた家がある。資料館として公開されており、偉大な芸術家の息遣いを感じることができる。また、少し変り種の見どころとしては玩具博物館がある。中は驚くほど広大で、古今東西の玩具が集めてあるが、特に人形及び、小さな「人形の家」のコレクションは感嘆させられる。巨大な鉄道模型も展示されており、愛好家ならずとも一見の価値がある。

そして、街の中央に聳え立つ聖母教会の前の広場には、17世紀初期にまで遡るという、有名なクリスマスマーケットが賑わっている。広場に面した教会の正面には、1509年に作られたという仕掛け時計があり、毎日12時になると、選帝侯達を模した人形達が時計の下から次々と現れ、一回りしていく。うまく時間を見計らって、グリューヴァインでも飲みながら見物するとよいだろう。お腹が空いたら、屋台で名物のニュルンベルガー・ソーセージを試してみてはどうだろうか。また、前述のお菓子、レープクーヘンも、この街が元祖とされる。おやつ代わりにかじってみるのもよいし、お土産にも手頃だ。

クリスマスマーケット―郷愁の旅

ニュルンベルクのクリスマスマーケットは最も有名であるが、他にも、それぞれの都市でマーケットが開かれており、各々にその特色があるので、いくつか回ってその違いを比べてみるのも楽しい。また、小さな村のこじんまりとしたマーケットなども素朴な味わいがあろう。

冬の夜の闇の中で、そこだけは別世界のように灯る店の明かり。キラキラと輝くような可愛らしい品々に、子供も大人も、地元の人も観光客も、皆が目を細めて魅入っている。クリスマスマーケットを訪れると、異国にありながら不思議な暖かさと郷愁を感じる。それは、日本の夏祭りの夜店に通じるところがあるのかもしれないし、あるいは子供の頃に読み聞きした物語の世界を喚起させるのかもしれない。クリスマスマーケットの旅は、「ヨーロッパのクリスマス」としてイメージするそのままの光景を現実に体験させてくれる。


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