第二章 英国財務省の構成

1 大臣

正式には、Treasuryの最高機関は財務卿委員会(the Lords Commissioners)である。そのトップである首席財務卿(the First Lord of the Treasury)はすなわち首相であり、これに財務大臣(the Chancellor of the Exchequer)、5人のJunior Lordsが委員会を構成する。委員会は、首席副大臣(Chief Secretary)、政務副大臣(Parliamentary Secretary)、主計長官(the Paymaster General)、金融担当副大臣(Financial Secretary)、経済担当副大臣(Economic Secretary)により補佐される。このうち、Parliamentary Secretaryには、下院院内幹事長(Government Chief Whip in the House of Commons、与党幹事長のようなもの)が充てられている。首相や院内幹事長のTreasuryにおける地位は多分に名目的なものであり、一般に、Treasuryの大臣といえば、Chancellor of the ExchequerChief SecretaryPaymaster GeneralFinancial SecretaryEconomic Secretaryの5人を指す。このうち、ChancellorChief Secretaryは内閣の閣議の一員であり、他の大臣は閣外担当相である。このように、名目的には首相を長に戴いている点、2名の大臣を内閣に配している点、また、財務大臣のみが首相官邸の隣に自らの官邸(No.11 Downing Street)を有している点等から、英国財務省は他の省庁と比べ特異な位置にあることが明らかであるといえる。

ChancellorTreasuryの業務全般について最終的な責任を負っている。他の大臣はChancellorを補佐する立場にあり、それぞれ明確に業務を分担されている。この点は、日本の副大臣、政務官が基本的には担当省庁の所管分野全体を守備範囲としているのと異なる。

日本の政府においては、大臣と比較して、所管省庁の業務運営への副大臣の関与は通常かなり限定されており、政務官の関与はさらに限定されているともいえる。しかし、英国財務省においては、大臣間で完全に所掌が分担されている結果、局の案件の多くは担当副大臣限りで決裁される。各局の職員にとっては通常、担当副大臣の方が事務次官よりはるかに業務上関係する機会が多く、場合によっては(例えば私の一年目の場合)、局長に対するよりも実質的な接触が多いことさえある。以下では、便宜上、財務大臣・副大臣とも「大臣」と総称する。(英国財務省でも、Ministerとして総称されている。)

2 事務次官、局

事務方の最高責任者はPermanent Secretary(事務次官)である。事務次官は、各局(Directorate)を統括すると同時に、自身の下に官房を有しており、官房長としての立場をも兼ね備えている。

英国財務省には、現在、以下の6つの局がある。

Ministerial and Corporate Services(MCS)=大臣官房
  Macroeconomic Policy and International Finance (MPIF)=経済・国際局
   Budget, Tax and Welfare (BTW)=主税局
   Public Services Directorate(PSD)=主計局
   Government Financial Management (GFM)=公会計局
   Finance and Industry Directorate (FID)=金融・産業局

  私が2003年に着任した時から現在までの間に、既に何度か局の構成、名称が変更されている。Treasuryには設置法のようなものが無く、機構の改変は極めて容易に(それこそ、幹部のアナウンス一つで)行うことができるのである。

  事務次官や各局局長は、Treasury Boardを構成している。これは、日本の財務省における「幹部会」に近い存在であり、主に組織全体のマネジメントについて議論を行う。Boardには、事務次官、各局局長のほか、外局の長やNon-Executive Directorが参加している。Non-Executive Directorとは、企業でいえば社外取締役に相当し、日常業務に関与せず、Boardの議論にのみ参画する。彼らは、外部、特に民間の視点を英国財務省の運営に反映させる目的で招かれている。Boardは月に一回定例会合を持つほか、局長級の会合や、局長・審議官級の会合等も定期的に開かれている。

3 Special Adviser(顧問/補佐官) (詳細については付章3参照)

  英国財務省(また、他の英国の省庁においても同様)においてはSpecial Adviser(顧問)の役割が極めて重要である。顧問はいわゆるPolitical appointeeであり、与党から派遣されたり、あるいは大臣の個人的な知人が登用されたりするケースが多い。英国財務省においては、Gordon Brownのブレインとして、野党時代から彼を支えてきたEd Balls が、Chief Economic Adviser(首席経済顧問)として絶大な影響力を発揮していたのがよく知られている。その力は実質的に事務次官をも上回り、Brownの実行した数々の経済改革はBallsの発案によるものとも言われていた。Ballsは、政界に転身するため、2004年7月のSpending Reviewを幕としてTreasuryを去った。翌年の総選挙で彼は当選し、2006年5月には早くもTreasuryEconomic Secretary(経済担当副大臣)に就任している。

この他に4名のSpecial Adviser、5名のCouncil of Economic Advisersがいる。Special AdviserCouncil of Economic Advisersの区別はあまり明確でなく、日常的には彼らをすべてSpecial Adviserと呼んでいる。

Ballsの引退後、実質的に彼の担っていた役割が二つのポストに分割され、Council of Economic Advisersのチーフ(Ballsの形式的な後任)が中長期的な戦略を担当する一方、より直近の政策課題については、Director of Policy and PlanningMichael Ellamが総括することとなっている。Ellamは学者出身だが、身分はSpecial Adviserではなく職業公務員である。地位としてはDirector(審議官級)で、局長より一段下がるが、Treasury全体の戦略に関わる重要な政策案件は彼を通すこととなっており、Special Adviserと並ぶ絶大な影響力を持っている。

各顧問はそれぞれ担当分野があり、担当分野の案件を大臣に上げる際には、まず彼らの意見を聞くケースが多い。顧問は事務方と大臣のインターフェイスとして重要な存在である。英国においては日本の省庁と異なり、事務方の政治との接触が極めて少ない(むしろ服務規律上、政治的な中立性を強く求められている)ため、顧問が政治的なインプリケーションについて考慮を払う役割をも果たしている。また、各省の大臣がそれぞれ顧問を有しており、顧問同士で政策の調整を行ったり、大臣の意図をサウンディングしたりすることもある。顧問の発言力は強大であるが、公式な権限を有しているわけではなく、案件について事前に顧問の了解を求めるか、顧問の意見をどの程度尊重するかは、事務方のケースバイケースの判断にも委ねられている。

Whitehallは従来、日本の霞ヶ関同様、「官僚主導」として批判されてきたが、現政権では、ポリティカル・アポインティーの顧問達が全盛を振るうこととなり、これもまた、「行政の政治化」として批判されている。ブレア首相の主席報道官であったAlastair Campbell氏は、その最たる例であり、総理の代弁者として各省の事務次官にも指示を下しうる権勢を有していたが、イラクの大量破壊兵器報告書等を巡るスキャンダルの中で辞任した。英国においては、選挙によって選ばれた大臣が名実ともに行政を主導することについては、一点の曇りも無く尊重されている。また、行政官僚は、政治的に中立なプロフェッショナルとして、大臣を補佐する立場にある。しかし、そのどちらでもない、いわば曖昧な存在である顧問が、「助言」を超えて行政の「執行」にまで及ぶ力を行使することについては、懐疑的な見方も多い。特に、Brown財務相は、彼の少数の側近との間だけで物事を決める傾向があり、このInner Circleとの近さがTreasuryの行政官の出世をも左右するという噂もある。

  他方、こうした顧問達の、官僚の枠にとらわれない発想力が、大臣の指導力と結びついて大胆な政策を可能にしているのも確かで、Brownの、財務大臣として史上最高ともいわれる業績は、稀代の策士であるBallsがあってこそ成しえたものともいえる。

  Ballsの去った後、最も個性的かつ影響力の強いSpecial AdviserShriti Vaderaである。彼女は金融機関出身だが、慈善団体OxfamTrusteeも務めている。G7等では常にBrownの脇に寄り添っており、Millennium Development Goalにかける英国の熱意には、Brown自身の信条も去ることながら、Vaderaの影響も無視しえないと推測される。(彼女はInternational Finance Facilityの発案者ともいわれている。)こうした強い政治的思想が行政の方向性を左右することには賛否両論あろう。

4 秘書室(Private Office

 各大臣には、Private Officeと総称される秘書室があり、これが大臣のサポートを行っている。例えば、金融関係の政策を主に担当するFinancial Secretaryの秘書室には、レンジE(課長補佐級)の主幹がいる他、レンジD(日本でいえば係長程度)が一人、その他補助職員が2〜3名程度いる。人員的には、日本における副大臣室より若干充実している程度といえる。Financial Secretaryには通常、レンジEかDが随行し、又は会議に同席しており、日本における秘書官に近い役割を果たしている。財務大臣の秘書室は当然、これより充実しており、レンジF(課長級)のPrincipal Secretaryが常に大臣と行動を共にしている。また、大臣には専属のスピーチライターが付いており、大臣の演説等を起草する場合は、原課の担当者がアウトラインを送ると、このスピーチライターが格調高い文章にまとめてくれる。

日本と若干異なるのは、後述のように、文書課や、各局総務課に相当する課が無いことから、秘書室が直接原課の担当者とやり取りを行うことである。日本でも副大臣室や政務官室に対しては原課が直接接触することも多いが、前述のように、Treasuryでは副大臣の役割が日本と比べて大きく、ほぼ局の施策全般の最終決定権を担っていることを考えると、秘書室は人員の割には極めて重要な仕事をこなしているといえる。

5 各局の構成

  局(Directorate)の構造は日本と似ており、いくつかの課(Team)に分かれ、課が日々の業務の基本単位となる。いくつかの課のまとまりが部(Unit)を構成する場合もある。局長(Managing Director)が局の最高責任者であり、その下に2〜4人程度の審議官(Director)がいる。通常、それぞれの審議官がいくつかの課を分担している。

以下、私が在籍した金融部局及び主計局を例に、より詳細に説明する。

1)金融部局

私が2004年9月まで所属していたFinance, Regulation and Industry (FRI、金融・規制・産業局)は大きく二つの部(unit)に分かれる。一つがFinancial Services Unitで、金融に関する企画立案を担当する。英国では金融監督は金融サービス機構(FSA)が一元的に行っているが、法令の改正や、金融に関する基本的な企画立案はTreasuryの任務であり、それを担当するのがこのユニットである。かつての大蔵省の金融企画局に類似しているといえる。(詳細は付章1参照)

金融部局におけるもう一つのunitGrowth and Enterpriseで、英国の経済成長・産業競争力の強化を使命としている。こうしたユニットが存在するのは、Treasuryが、財政・金融のみならず経済・産業全体を視野に入れた官庁であることの表れともいえるが、Department for Trade and Industry(DTI、貿易産業省)との垣根は微妙である。現在の財務大臣であるGordon Brownが特にこの分野に関心が深いことも、Treasuryの守備範囲の拡張に影響している。

局の最高責任者はManaging Director(局長)である。FRIの局長であるJames Sassoonは、UBS Warburgの出身であり、このような純粋民間出身者を局長クラスに登用するのは異例の試みである。Treasuryの機構改革の取り組みの一環ともいえる。局長の下で、それぞれのユニットを統括するのがDirector(部長)で、日本でいえば審議官級である。私がこの局に在籍していた当時の、Financial Services Unitの担当部長はPhil Wynn OwenGrowth and Enterprise unitの担当部長はJohn Kingmanである。Philは、2004年末に、Department for Work and PensionsDWP、労働年金省)の年金担当の局長へと転出した。Johnはつい最近、Productivity Teamの課長から昇格したばかりで、まだ30代後半の若さである。他に、30代前半の審議官や、20代の課長の例もあるということである。

Financial Services Unitは6つのTeam(課)で構成されている。日本の官庁と同様、課は最も基本的な組織単位であり、Team Leader(課長)は日々の業務運営に責任を負っている。課の中では通常、いくつかのLine 又はBranchがあり、業務を分担している。組織の構造は日本に比べるとフラットである。課長以下の職員間にはあまり明確な上下関係は無く、個人レベルで課長に仕える形となる。Line Manager又はBranch Headといった形で、総括補佐クラスが間に入り、他の職員が総括補佐をサポートするという形態はみられるが、この場合も日本における課長補佐と係長・係員のような明確な上下関係ではない。

組織構成において日本の官庁と大きく異なるのは、局に「総務課」に相当する課が無いことである。FRIの局長にはレンジEレベルの秘書がおり、その他スケジュール等を担当する補助職員数人と合わせて、局長及び2人の部長のサポートを行っているが、日本でいうと「付き」に近い仕事が中心であり、局の政策のとりまとめや官房との調整を行う機能はあまり無く、日本における「総務課総括補佐」のような存在とは全く異なる。

文書課や各局総務課に相当する総合調整部局の欠如は、Treasuryの組織的な弱さであり、おそらくこの点では、日本の方が機能的には勝っているのではないかと考えられる。ただ、こうしたモデルでもそれなりに滞りなく業務を行っているわけであり、日本で文書課・総務課が本当に効率的に機能しているか、単なる阻害要因とはなっていないかを問い直してみることは有益であろう。

注:以上は私が金融部局に在籍していた当時の説明。現在、FRIFinance and Industry Directorate(FID)と改名され、機構も若干変更されている。局長のJames Sassoonは退任し、審議官であったJohn Kingmanが局長に昇格した。

2)主計局

  私は200410月から、Public Services DirectoratePSD:主計局)の、General Expenditure Policy(GEP)という、主計局総務課に相当する部署に異動した。

  PSDの構成は、日本の主計局とよく似ており、歳出予算の全体的調整を行うGEPの他、総合的機能を営むいくつかのCentral Teamと、各省庁の予算査定を行うSpending Teamに分かれる。Spending Teamは、まさに日本の予算係に相当し、例えばHealth, Transportなど、各省庁、あるいは歳出分野毎に分かれている。

  日本の財務省とやや異なるのは、日本では歳出予算に関する権能は主計局に集中しているのに対し、Treasuryでは、これがPSDを中心としつつも、他局に分散していることである。実は、PSDには予算の総額を決める権限は無く、予算の総額は、官房及びBudget, Tax and Welfare (BTW、主税局)が中心となって策定する予算報告(Budget Report)において定められる。PSDは、これにより与えられた総額の中で、各省庁別の配分を行うことを任務としている。これは、イギリスの予算が、歳入見積りをもとにまず全体の総額を先に決めてしまう、トップダウン型の編成方法をとっていることの表れともいえる。こうしたトップダウン型の手法は、日本のような要求積み上げ型の予算編成に比べて、財政収支のコントロールをはるかに容易にしていると考えられる。(英国の財政制度の詳細については付章2参照。)

  また、財政制度のフレームワーク(Golden Rule等)を担当するFiscal and Monetary Policyという課は、主計局ではなく、経済・国際局(Macroeconomic Policy and International Finance )に属する。これは、財政政策が、マクロ経済政策の一環として位置づけられていることの表れであり、日本の主計局に比べると、財政政策について経済学的なアプローチが目立つ。



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第三章 英国財務省の人事制度