Bourgogne (2005.11)
11月4日(金)
パリの北駅に到着してから、そのままリヨン駅へと移動し、TGVに乗る。行先はブルゴーニュ地方の州都・ディジョンだ。今回の旅の主目的は、ブルゴーニュ地方でのワイナリー巡りである。また、「食通の街」といわれるディジョンにおける郷土料理賞味にも関心がある。
ディジョンに着いてすぐさま、さらに隣町のボーヌへ向かう。列車を待つついでに一杯やろうと、駅構内の小さなバーに入ると、ビールやワインと同列に、キール(Kir)が当然のようにメニューに並んでいる。そういえば、ディジョンはキールに用いるクレーム・ド・カシスの名産地でもあった。かつて、留学中に勉強したEU法でかならず出てくる有名な判例として、Cassis de Dijon事件というのがあったのが記憶に残っている。
ブルゴーニュ地方はボルドーと並ぶ世界的なワインの名産地帯であるが、これはさらにいくつかの地域に分かれ、北側には辛口の白で有名なシャブリ、南側にはボジョレーがある。その間に位置する、Cote de Nuits及びCote de Beauneの二つの地域には、ブルゴーニュを代表する名醸が並び、合わせてCote d’orと呼ばれている。ボーヌは、このCote de Beauneのまさに中心となる街である。
ボーヌは、城壁に囲まれ、中世の面影を残す小さな街であるが、街に入るやいなや、とにかくワインショップの多さに目をひかれる。
まずは、ボーヌの中心にあり、シンボルであるオテル・デュー(神の館)、すなわち救護院(オスピス)を見学する。15世紀から近年にいたるまで貧者・病人を世話してきたそのままの施設が保存されており、興味深い。オスピスは中世の創設時より、自前の財源としてぶどう畑を与えられワインを製造してきた。これは今日も続いており、高名なワイン「オスピス・ド・ボーヌ」が毎年11月第三週末に競売にかけられる。その「黄金の三日間」と呼ばれる大イベントを2週間後に控えたオスピスは未だにひっそりと静まり返っているようであった。
ワインの街、ボーヌには、ワイン博物館なるものまである。これは、かつてブルゴーニュ公の邸宅として使われていた建物であり、古今東西のワインに関する事物が展示されていて面白い。
見学の後は、もちろんワインショップへ。とにかくショップはたくさんあり、どこに入ればよいのか迷う。観光シーズンでないこともあってか、客はまばらで、店主とその友人らしき人々数人だけがひたすらワインの試飲をしていたりする。さすがにCote de Beauneのワインに関しては圧倒的に種類が豊富で、各銘柄、様々な年代のものを集めてある。20年、30年を超すものまで、比較的リーズナブルな価格で売られているのに驚かされる。普段、旅行の際には重くなるのであまりワインなど買わないのだが、今回は結局、3本を持ち帰ることとなった。
ディジョンに戻って、夕食をとる。やや街の奥にある、こじんまりとしたレストランには、壁を覆うようにワインの瓶が積み重ねてある。前菜には名物料理のエスカルゴを。しっかりと殻についており、最初、食べ方がよくわからなくて難渋した。先端が平べったいピンセットのようなもので、殻をしっかりとはさんでホールドし、別についてくる細い楊枝のようなもので実を取り出すようになっている。かたつむりを食べるというと何となく違和感があるが、食感はほとんど貝のようであり、まさにサザエのつぼ焼きの実をほじり出して食べるのに似ている。メインは、牛のステーキをブルゴーニュ・ワインのソースにからめた料理。ワインの味がなかなか強烈に利いており、独特の酸味さえ感じるほどであった。
ブルゴーニュのワイン産地の中心、ボーヌの救護院(Hospices de Beaune)

11月5日(土)
午前中はディジョンを代表する建物ともいえるブルゴーニュ大公宮殿を訪れる。ここは現在、美術館となっている。もちろんパリの美術館には及ぶべくもないが、地方の美術館にしてはかなり充実している。
この建物を初めとして、ディジョンの中心部は中世の雰囲気を今も残している。15世紀からの館を用いた、雰囲気の良いレストランで昼食をとる。前菜はハムを用いたテリーヌで、特産のディジョン・マスタードが二種類付いている。そしてメインには、代表的な名物料理であるブフ・ブルギニヨン(ブルゴーニュ風牛の煮込み)を。牛肉と野菜をワインで煮込んだシチューのような料理で、肉は柔らかく、深みのある味である。付け合わせとして別の皿にパスタ(タリアッテーレ)が盛ってあり、これをからめて食べることができるようになっているのが面白い。もちろん、ピノ・ノワール種のぶどうを使ったブルゴーニュ産赤ワインを共にいただく。
午後はいよいよワイナリー巡りのツアー。ディジョンから最も近いCote de Nuits地域のぶどう畑を回り、実際にワイナリーを訪れてワインの試飲も行うという内容である。マイクロバスに同乗した他の5名のうち、4名は日本人のグループで、実は先ほどのレストランにもいた人達である。他に1名、カナダ人の若い女性が参加している。彼女はワインを勉強しているらしく、この後、ボルドー、ロワール、アルザスにシャンパーニュと、まさにワイン産地を巡り歩く予定であるとのこと。
ディジョンの市内を抜けて少し走ると、たちまちぶどう畑の中に。秋のぶどう畑は黄色い葉に埋め尽くされ、まさにCote d’orの名のとおり、黄金色に輝いている。やがてバスは、ブルゴーニュを代表する村のひとつ、ジュブリ・シャンベルタン(Gevrey-Chambertin)へと入っていく。村の中のどの家も例外なくワイン製造業者であるらしい。ジュブリ・シャンベルタンの村名を冠した銘柄は、比較的手頃な高級ワインとして知られているが、その中に、かのナポレオンが愛飲したという「シャンベルタン」を初め、いくつかの特級(Grand Cru)畑がある。さらにいくつかの村を過ぎ、やはり特級畑であるクロ・ド・ヴジョー(Clos de Vougeot)の前を通る。中世の城館のようなワイナリーの建物が印象的だ。そして、名醸中の名醸、ブルゴーニュのみならず世界でも最高級のワインとして知られるロマネ・コンティ(Romanee Conti)の畑を目の当たりにする。広大なブルゴーニュの大地の中で、本当に小さく仕切られた畑である。この猫の額のような土地から、世界最高のワインが送り出されているのだと思うと感慨深い。
一通り畑を見た後はいよいよワイナリーへ。まずは地下に貯蔵された膨大な樽を見せてもらう。地下室は生温かく湿っており、石壁には苔がびっしりと張り付いてふわふわとしている。樽から染み出たかのような甘酸っぱい香が充満している。
そして、待ちに待った試飲である。ガイドのおじさんが、一本一本ワインを選び、グラスに注いでくれる。まずは白を二種類試し、続いて赤へ。試飲の際には、ワインを全部飲み込まずに、捨てるのが通常なのであるが、もったいないので全部飲んでしまい、だんだん酔っ払ってくる。地域名のワイン、村名ワイン、そして一級畑(Premier Cru)と徐々に格上げしていき、最後に特級(Grand Cru)のClos de Vougeotを飲ませてくれた。あまり普段、高級ワインには縁が無いので味を知っているわけではないが、こうして比べていくとなんとなくその差が分る。さすがにGrand Cruは、喉越しに香が残る長さが違う。(なお、我々の他に個人で来ていると思われるおじさんが勝手にワインをボトルから注いでおり、こともあろうにGrand Cruばかりがぶがぶ飲んでいた。)
ディジョンに戻るころには夕方になっていた。TGVに乗って、パリへ戻る。
中世の面影も偲ばせる「食通の街」ディジョン

ブルゴーニュ・ワインの「黄金の丘」(Cote d'or)


ブルゴーニュを代表する特級畑(Grand Cru)、Clos de Vougeot

世界で最も高価なワインを産する畑、Romanee-Conti

Fontainebleau
11月6日(日)
今回はパリ市内の観光はせず、近郊のフォンテーヌブローを訪れることとする。フランソワ一世、ルイ十四世、ナポレオンなどを含め、フランス歴代の王達が利用したフォンテーヌブロー宮は世界遺産に指定されている。付近の森も有名である。
フォンテーヌブローの駅までは、パリから列車で1時間弱。ただし駅から宮殿まではかなり離れており、バスに乗らねばならない。
宮殿はなかなかに広大で、調度品も豪奢である。ヴェルサイユ宮は中を見て期待外れだったという人が多く、自分もかつて学生時代に訪れた際、若干そのような印象をもったが、フォンテーヌブローは今も十分に目を楽しませてくれる。
こうした宮殿の観光において重要なのは、建物もさることながら、やはり広大な庭園である。このフォンテーヌブローの庭園内には、あずまやのある大きな池があり、色づいた木々と相まってまことに美しい。木を刈り込んだフランス式庭園の他に、より自然味を残すイギリス式庭園もあり、やはりイギリス式の方が自分にはしっくりと来る。
この後、森歩きを少し楽しむ。昔から観光名所だっただけあり、森の中は歩道がよく整備されており、あまり鬱蒼とした感じはなく、開けていて明るい。色変わりした落ち葉が林道を埋め尽くしている。
世界遺産、フォンテーヌブロー宮



フォンテーヌブローの森
