大自然が彫り上げた奇観、ジャイアンツ・コーズウェイ。六角柱の石が海岸を埋め尽くしている。しかし、現場に行ってみると、それほどのインパクトは無い。「ジャイアント」の名の割には、一つ一つの石は意外と小さいのだ。しかしともかく、北の果てに来たという実感はある。

ダブリンに戻り、再びデヴィッドの家にやっかいになる。そして、アイルランド最古の遺跡のひとつ、ニュー・グレンジ(New Grange)へと向かう。ニュー・グレンジは、Meath県にあるデヴィッドの実家のすぐ近くにある。たまたま、デヴィッドが実家に戻るのに合わせて、連れていってもらうことにした。
デヴィッドの実家は、緑に囲まれた、典型的なカントリーサイドにある。広い庭があり、庭師を雇ってよく整えられている。近くにはボイン川の清流があり、デヴィッドの弟はカヌーに挑戦しているらしい。ニュー・グレンジの遺跡へはデヴィッドの実家から車で20分程度。遺跡にはビジター・センターが整備されており、見学者はまずビジター・センターで予備知識を仕入れてから、時間で区切られたガイドツアーで遺跡を見学することとなる。ビジター・センターはまだ新しく、非常に機能的にできている。ニュー・グレンジの遺跡はいわば古墳のようなものだが、その正確な用途は分かっていない。緑の丘の中に、ぽつりと立つ白い石の構造物と、それを取り囲む環状列石が、不思議な雰囲気を醸し出している。古墳の中には通路があり、玄室へと続いている。接着剤等を使わず、石をただ積み重ねてこのような建物を作ったこと自体驚くべき技術であるが、さらに驚嘆すべきは、ちょうど冬至の日にだけ、日光が玄室に差し込むように設計されていることである。玄室と外界を結ぶ通路は完全に平らではなく勾配があるが、すべてを綿密な計算に入れた上でこの効果を織り込んでいるのだ。古代人は、どのようにしてこのような天文学的な知識を手にいれたのであろうか。見学を終えた後、デヴィッドはしきりに感心していた。彼は当然、この遺跡を以前訪れたことがあるが、新しいビジター・センターができていたことは知らなかったようである。家のすぐ近くにあるのだから、もっと早く訪れていてしかるべきだった、と彼は言う。彼の言葉にはうなづけるものがある。実際、すぐ近くで、いつでも行けると思う場所ほど、なかなか行かないものだ。かえって、旅行で来た場合の方が、多くの見所をまわれることが多い。9日間のアイルランドの旅で、場合によっては、デヴィッド自身がこれまで訪れた場所よりもっと広い範囲をまわったことになるが、仮に彼が日本に来れば私とはちょうど逆の立場になるだろう。また、こうして旅をすることによって、身近な場所に改めて目を向けるきっかけにもなるのであろう。

近年、日本でも、アイルランドがブームである。もともと日本人ではイギリスが好きな人が多いが、アイルランドはイギリスと外見上よく似た国でありながら、本質的な国民性には違いがあるようにも思われる。イギリス人には、かつて7つの海を支配していた誇りとある種の尊大さが潜在していることがしばしば感じられるが、逆にアイルランドは、常にイギリスという強国に脅かされ、侵略され、しかし独自の文化を守って抵抗してきた歴史がある。第二次大戦中もアイルランドは中立を守っていたが、第二次大戦に限らず、「勝者の歴史観」というものに対し批判的な姿勢をデヴィッドとの会話の中から感じとることができた。2000年も前にローマ人に侵略されたケルト人の文化が、今なお引き継がれ、時を超えて蘇ろうとしているその芯の強さは、デヴィッドのように祖国の文化に誇りを持つ人々を見ると納得できるのである。

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