エレベーター

 私はエレベーター(Lift)があまり好きではない。エレベーターとエスカレーターがあったら、迷い無く後者を選ぶ。3階とか4階ぐらいだったら、エレベーターを待つより階段を昇ってしまうし、降りる場合は、6階ぐらいでもたいてい階段を使ってしまう。実際には、エレベーターを待った方が結果的には早いとしても。エレベーターの場合、他の昇降手段と比較して、こちらは受動的な立場を強要される。エレベーターは来るまで待たなくてはならない。エレベーターがどこの階にあるかはランプで表示されているが、どこかの階で停まっていつまでも動かないと、何が起きているのか問い質したくなる。さらに、エレベーターに乗った後、目的の階につくまで、狭い場所で、赤の他人と極めて密着した状況で、じっとしていなくてはならない。いつも思うのだが、エレベーターの中は奇妙な空間である。エレベーターに乗る前はぺらぺらしゃべっていた人も、中に入ると急にしーんとして、皆息をひそめてじっと階数表示を注視している。そこには不思議な緊張感が漂っている。

 ロンドンの地下鉄で気に入らないのは、地上とホームを結ぶ設備として、多くの駅でエスカレーターではなくエレベーターを使っていることである。エレベーターを使っている駅は、古ぼけた駅が多い。おそらく、エスカレーターに比べて場所をとらないので、昔からエレベーターが使われてきたのだろう。エレベーターの隣にはたいてい階段も設けられているが、これは百段以上あり、非常時以外は使わないようにという注意書きが書いてある。その「非常時」というのは実際には極めて頻繁に起こるのだが。私がいつも通学に使っているQueenswayの駅も、残念ながらエレベーター式である。このエレベーターがよく故障する。二基あるのだが、3日に1回ぐらいは、どちらか止まっている。両方止まっていることもしばしばある。(その場合、大聖堂の塔を彷彿とさせるらせん階段を昇っていかなくてはならない。)私がたまたま駅を使うときに、このぐらいの頻度でトラブルに出くわしているのだから、おそらく一日を通してみるとほとんど毎日何らかの故障が発生しているのではないかと推測される。

 先日、この駅でエレベーターに乗っていると、途中で突然止まってしまった。エレベーターに閉じ込められてしまったら被害は甚大である。当然、他の客も慌てているだろうと思って見ると、彼らの反応は全く違っていた。イギリス人達(もっとも、場所柄、外国系の人も多いのだが)は、にやにやと笑って、あまつさえ(赤の他人同士で)冗談まで飛ばしている。彼らは、この非日常的状況を楽しんでいるのである。彼らの多くは、出勤途中と見うけられたが、会社に遅刻することなど少しも気にしないのだろう。結局、もう一基のエレベーターが横付けされて、空中で隣のエレベーターに乗り移るという方法で救出されたのだが、普段は閉じられているエレベーターのハッチが開いて職員が乗りこんでくるときも、乗客達は大笑いして拍手していた。

 エレベーターに限らず、イギリスの地下鉄は日本とは比べ物にならないほど故障が多い。ロンドンの主要な路線がすべて正常に運行している日はほとんど皆無と思われる。イギリスの会社では、電車のトラブルは常に遅刻の言い訳として問題無く認められるらしく、日本の鉄道会社が遅延証明書を発行する習慣をイギリス人に話すと大変驚かれた。上記のエレベーターの例にも見られるように、物事が予定通り運ばないことに対する心構えが根本的に違うのだろう。

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