結び

Treasuryの同僚達とプライベートな会話をするとき、私はしばしば彼らに、なぜ官庁に入ったのかを尋ねた。彼らが例えばシティの金融機関で働けば、はるかに高い収入が得られるであろう。(そして実際、シティの金融機関を退職してTreasuryに来た者も多い。)返ってくる答えの第一は、当然ながら、行政のやりがい、面白さといったものである。しかし、それに次いで多かったのは、端的にいうと「楽だから」ということである。これは私が彼らの言葉を要約したものであって、もちろん何が「楽」であるかということは一概にはいえない。しかし、民間部門の企業と比較して、Treasuryにおいては、@時間的な拘束が比較的短く、かつフレキシブルである、A職場の人間関係、ノルマ等に関して、よりリラックスできる環境である、ということが言えるようである。

Treasuryが比較的リラックスできる環境であることは私も実感するところである。前述の「多様性」のところでも触れたが、Treasuryにおいては、職員個人個人を尊重(respect)することが、職員の心がけとして明確に呼びかけられている。Treasuryにおいては、声を荒げたり、他人を怒鳴りつけたりする人を見たことがない。上司が部下に接する態度も基本的に丁寧で、反対意見を言う場合にも相手の尊厳を傷つけないように配慮している。組織の人間関係をどれだけ円滑に維持・発展できるかは、コアの政策能力以上に管理者の資質として求められることであり、それができない者は、まず失格とみなされるであろう。

日本の官庁では、慣習として上下関係がはっきりしていることもあって、上司が部下に対して、あるいは年次が上の者が下の者に対して、非常に高圧的な物言いをすることもしばしばある。これはもちろん、個人の性格によって差が大きいが、それゆえにこそ、個人の性格の問題として放置するのではなく、職場環境の改善という観点から、ある程度規律を設ける必要があるのではないか。例えば、セクシュアル・ハラスメントは、以前であれば個人の私的な言動として片付けられていたであろうものが、社会的にも大きな問題として認識され、職場における徹底がなされたために、そのような言動をできるだけしないよう注意する意識が広く浸透しているといえる。こうした職場の意識改革をさらに広げ、セクハラに限らず、他人を不快にさせないよう常に配慮することを、最高幹部も含めて教育することが望ましいと思われる。これは、幹部であれば一層、「マネジャー」たるものの最低限の資質として重要であろう。

私は日本の財務省から来たということで、機会ある毎に、幹部を含めた様々なレベルの同僚から日本の財務省とTreasuryの比較について尋ねられる。興味深いのは、良きにつけ悪しきにつけ、日本の官庁の特徴を挙げるたびに、極めて頻繁に、「Treasury10年ほど前はそうだった」という返事が返ってくることである。日本においても、業務・組織のあり方を正面から見直す時期が来ているのではないか。財務省が、黙っていても優秀な人材を確保できる時代ではない。財務省が他の省庁や、民間を含めた他の職場と比べて魅力的であると思わせるような環境を創り上げていくことに、全省的に注力する必要があると考える。

   

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