英国財務省について(最終報告)(2006年6月)
付章1 英国の金融行政について 

英国では、2000年に導入、2001年に施行された「金融サービス市場法」(Financial Services and Markets Act 2000)に基づき、単一法制の下で単一規制機関(FSA)が監督を行う、世界でもユニークな金融行政を行っている。日本でも、英国の金融サービス市場法をモデルとして、金融商品取引法が導入されたのは周知の通りである。

本稿では、金融サービス市場法及び、それが金融行政に果たす役割について概観する。なお、本稿は、2005年2月に金融庁の依頼に応じ作成したペーパーに一部加筆したものである。そのため、ここにある情報は必ずしも最新の動きを反映していない面がある。
 

一 金融サービス市場法導入の経緯

金融サービス市場法の導入は、英国の金融規制をとりまく歴史的な経緯に基づいている。その核心となるのは、@業態間の垣根の減少、A自主規制から法的規制への転換、の二つの流れである。 

1 業態間の垣根の減少

   英国においても、1970年代までは、銀行、証券会社等、それぞれの業態は「縄張り」を有しており、業態間の競争は制限されていた。しかし、国際化の進展、情報通信技術の発達、さらに1980年代の「ビッグバン」による規制緩和等により、業態間の垣根を超えて、内外における競争は増大していった。また、デリバティブ等、従来の業態別の区分になじまない金融商品も急速に普及する。こうした、金融業界の変化は必然的に、規制当局の変化をも促すこととなっていったのである。 

2 自主規制から法的規制への転換

  伝統的に、シティ・オブ・ロンドンにおける金融規制は、「クラブ的」とも称される、内輪での自主規制を中心としてきた。例えば銀行は、イングランド銀行(Bank of England)の規制に服していたが、これは気心の知れた仲間内での規制という側面が強かった。

  数々の金融機関のスキャンダルを通じ、こうした自主規制の不十分さが認識され、銀行法の制定や、1986年の「金融サービス法」(Financial Services Act 1986)の制定など、法的規制の枠組みが徐々に整えられていった。しかし、1986年金融サービス法は、依然として、金融機関の監督を自主規制機関に委ねるものであり、当時野党であった労働党はこの法制に対し批判的であった。

  1990年代に入って、BCCI、ベアリングスといった大手金融機関の破綻が起こる。また、大規模な年金商品の不当販売といったスキャンダルが発生し、消費者の間に金融市場に対する不信が広がる。こうした状況は、従来の規制体制の不備を一層際立たせることとなり、労働党はその選挙公約において規制体制の抜本的な改革を盛り込むに至るのである。また、こうした経緯は、消費者を重視する労働党の性格とも相まって、消費者保護の強化を新規立法の重要な一要素とすることにもつながっていった。

  そして、2000年金融サービス市場法(Financial Services and Markets Act 2000)が制定されたが、これは、従来、専ら投資サービスを対象としていた1986年金融サービス法に加え、銀行法、保険会社法等も統合し、ほぼすべての金融サービスを単一の法的枠組みの中に取り込むものであった。

 

ニ 金融サービス機構(FSA)と財務省の役割

1 金融サービス機構(FSA)

金融サービス市場法は、それまで業態別に存在していた9つの規制機関を統合し、単一規制機関としてFSAを設立した。このように、金融サービス全般を包括的にカバーする単一規制機関は世界でも例の少ないものである。(なお、日本の金融庁及びかつての大蔵省は、英国のFSAよりはるか以前から、主要な金融サービスのほとんどを所管してきたが、一部の金融サービスについて他省庁と所管が分かれている点で、厳密に「単一規制機関」といえない面がある。)

  FSAは、形式的には、旧金融サービス法(Financial Services Act 1986)下で存在していた規制機関の一つであるSecurities and Investment Board(SIB)を改組する形で設立され、前身であったSIBと同様、保証有限責任会社(Company limited by guarantee)[1]という、民間会社の形態をとっている。金融サービス市場法は、FSAは国家機関ではなく、その職員は国家公務員でないことを明確にしている[2]。民間の会社であるから、基本的に政府から独立しており、その設置法である金融サービス市場法で明示的に定められた範囲においてのみ、政府のコントロールに服するが、後述のように、政府がFSAに及ぼしうる権限は極めて限定されている。

  また、FSAの予算は全て、認可業者からの拠出金で賄われており、政府からの補助金は支出されていない。そのため、財政的にも独立性が保たれている。日本では、政府から独立した民間機関に、FSAのような強大な権限を与えることは、「行政権は内閣に属する」とする憲法との関係で許されないのではないかと考えられる。  

2 財務省の役割

英国における金融監督はFSAがほぼ全面的に担っているが、財務省(Treasury)にもFinance and Industry Directorate(金融・産業局)という局があり、金融行政にも一定の関与を続けている。これは、かつて一時期存在した、大蔵省金融企画局にも似ている。

財務省の主な役割は、法律や省令といった、法令の制定・改廃である。FSAは政府の官庁ではないため、立法を行うことはできない。法律及びその授権による財務省令は、金融規制の基本的な枠組みと、その規制の対象を定めている。言葉を替えれば、どのような行為を行う者が金融業者としてFSAの監督下に入るか、その権限の境界線が法令によって定められている。そして、その境界線内において、具体的に認可業者が守るべき要件は、FSAのルールが定める。これには、自己資本比率のような健全性規制や、説明義務のような行為規制も含まれる。 

また、立法に限らず、金融行政に関わる大局的な政策について、財務大臣(及びそをを補佐する金融担当副大臣)は究極的な責任を負っており、財務省は様々なポリシー・ペーパーを作成している。EUのdirective策定等に係る国際交渉も主に財務省の役割である。 

財務省はまた、金融サービス市場法に基づき、以下のような事項においてFSAに影響を及ぼすことができる。

@ FSAの理事(board member)の任免権
A 年次報告書の徴求
B 競争政策上又は国際的義務履行のために必要な範囲での、FSAへの指揮命令権
C Value for Money Review(FSAの予算使用の効率性の調査)、及びその他特定の案件についての独立的調査の実施

  当然、日常的・実務的なレベルでは財務省とFSAは緊密な連携を保っている。FSAが公然と財務省の政策に異を唱えることは、稀ではあるが、時たま起こっている。

ところで以前、FSAの初代長官を務めたSir Howard Davies(ハワード・デイビス)がTreasury内で講演を行ったことがあった。その際彼は、FSAという組織の長所として第一に、政治的な「予見可能性(certainty)」を挙げた。これは、政治的な中立性と言い換えてもよい。私がSir Howardに対し、仮にFSAが、Treasuryの所管する法令立案権をも有していたとしたら、FSAはより良い業務を行うことができるかと問うたところ、彼の答えは「否」であった。彼は、(私が日本人であることを告げず、日本の例に言及したわけでもないにも関わらず)日本の金融庁のような、大臣によって統率される金融監督機関は、おそらく先進国では唯一のモデルであり、かつ、それは政治的な影響を金融行政に及ぼすことによりマイナスに働いている、と評した。(ただし、竹中平蔵という非政治家が大臣にいる(当時)ことにより、そのマイナスがある程度緩和されている、とも述べた。)

もっとも、数年前の日本のように、金融危機に直面した際には、やはり政治的な舵取りが必要となるであろうし、英国でも、BCCIやEquitable Lifeといった大型金融機関の破綻を巡るトラブルは政治的なイシューとなっているようである。
 

三 金融サービス市場法の構成

1 規制業務(regulated activity) 

金融サービス市場法の特徴は、金融サービスに相当する行為を列挙し、行為に着目した規制を行っていることである。日本の法制も、例えば「銀行業」「証券業」といった業務がまず定義され、それらを営むものが規制されるという意味では「行為」からスタートしているが、いったん業種が特定された後は、例えば銀行であれば何ができて何ができないかという具合に、「主体」に着目した要素が大きくなる。

  金融サービス市場法第19条は、規制業務(regulated activity)は、認可業者(authorised person)でなければ営んではならないと定める。規制業務とは、特定の投資物件(specified investment)に関する、特定の行為(specified activity)を業として行うことを指し、「行為」と、対象となる「投資物件」のマトリックスによってその範囲が画される。例えば、「預金」という投資物件を「受入れる」ことは規制業務であるし、「株式」という投資物件を「ディーリングする」ことも規制業務である。

  およそ何らかの規制業務を行う者は、金融サービス機構(FSA)の許可を受けた「認可業者」でなければならず、それ以外の者がこれを行えば、刑事罰の対象となる。日本の法制では、銀行、保険会社、証券会社等、業種毎に免許、登録等がなされるが、金融サービス市場法においては、あらゆる業種の金融業者が、「認可業者」という共通の枠組みで取り扱われる。

  FSAは、いわばこれら認可業者の監督機関であり、認可業者が守るべき膨大なルールを定めている。FSAのルールは原則として認可業者にしか及ばない。(例外として、市場濫用行為に対する規制は、何人にも適用される。) 

2 勧誘・広告規制(financial promotion restriction)

  金融サービス市場法は、こうした「規制業務」の枠組みと並んで、規制業務に至らない、金融サービス・商品の勧誘・広告(financial promotion)にまで包括的な規制を行っていることが大きな特徴である。すなわち、こうした金融プロモーションは、認可業者が行うか、又は認可業者によってその内容の承認を受ける必要があり、これに違反すれば、刑事罰の対象となる。これは、過去の消費者被害の多くが、金融商品取引そのものの不当性よりむしろ、不適切な販売・勧誘行為に基づくものであったことに鑑み、それを未然に防止しようとするものであり、日本の法制と比べると、かなりドラスティックな消費者保護策であるといえる。

  なお、認可業者であれば、適法に金融プロモーションを行うことができるが、この場合、FSAが別途定める金融プロモーションルールを遵守する必要がある。

3 財務省・FSAへの委任

  金融サービス市場法はそれ自体400条を超える巨大な法律であるが、実際にはこれは規制の大枠を定めるのみであり、具体的な細目はほぼ全面的に財務省の省令(secondary legislation)[3]と、FSAのルールに委任されている。

  財務省の省令は、法的な規制が及ぶ範囲を画する。例えば、規制対象となる「規制業務」の定義は、法律中に例示列挙されているものの、基本的には省令ですべて特定されることとなっており、財務省の制定する「Regulated Activity Order」によって定められている。ある業務を新たに規制対象としたり、あるいは逆に規制対象から外すには、このOrderを改正するだけでよい。

  また、金融プロモーション規制にしても、法律レベルでは、認可業者でない者による金融プロモーションをいったん全面的・包括的に禁止した上で、財務省の省令により、個別に例外を設けていくという形をとっている。財務省が定める「Financial Promotion Order」は、実に60以上に上るカテゴリーの例外規定を設けている。
 

四 金融サービス市場法上の諸機関

1 金融オンブズマン

  金融オンブズマン(Financial Ombudsman Service)は、それまで業態毎に分立していた裁判外紛争処理制度を統合・強化するスキームとして設置された。金融オンブズマンと、後述の金融サービス補償スキームのデザインに当っては、基本的に、”leveling up”、すなわち業態毎にまちまちであった消費者保護のレベルを、同等またはより高いほうに揃えるというアプローチがとられている。
  オンブズマンに関する詳細は、FSAのルールに委任されているが、オンブズマンはその運営においては政府やFSAからの独立性を保っている。オンブズマンの予算は、業界からの拠出金によって賄われており、そのサービスを消費者は無料で利用できる。

  金融サービス市場法の規制対象となっている領域については、ほぼオンブズマンの強制管轄が及んでおり、消費者はほぼいかなる業種のサービス、商品についても、業者との間のトラブルについてオンブズマンに救済を求めることができる。オンブズマンは、業者と消費者の間で中立的な立場から案件を審査するが、法的な観点にとらわれず、業者の行為が「公正かつ妥当(fair and reasonable)であったか」という観点から判断を下す。オンブズマンの裁定による賠償額の上限は、FSAのルールで定められるが、現在、10万ポンド(約2000万円)とされている。

  オンブズマンの裁定に対し、消費者側は不満であればこれを拒否し、裁判所での解決を選ぶことができるが、業者に対しては、オンブズマンの裁定は法的拘束力を持ち、業者は裁判所に控訴(appeal)することはできない[4]という大きな特徴がある。こうした拘束性について、立法時、ヨーロッパ人権規約(ECHR)の「公正な裁判を受ける権利」との関係が問題となった[5]が、政府は、オンブズマン内部で公正かつ公開の手続が確保されていること等を理由に、ECHR上の問題は無いとの立場をとっている。

  日本で同様の制度を導入し、業者側の裁判所への上訴権を奪うことは、憲法上の「裁判を受ける権利」との関係が問題となるであろう。

  オンブズマンは消費者にとって利便性の高い機関として高く評価されており、持ち込まれるケースの数は年々急増している。

  解決事件数の推移 (Financial Ombudsman Service Annual Report 2004より)

2000

2001

2002

2003

2004

22,100件

28,400件

39,194件

56,459件

76,704件

  他方、業者の側からは、オンブズマンの活動が「行き過ぎ」であるとして多くの不満が表明されている。(後述「Two Year Review」を参照)
 

2 金融サービス補償スキーム

  業者が破綻した場合の、利用者に対する救済制度として、金融サービス補償スキーム(Financial Services Compensation Scheme)が設置されている。

  これも、従来業態別に分立していた補償スキームを統合したものであり、運営は一体化されているが、補償のレベル、財源については、銀行・保険・投資サービスの三分割がおおむね維持されている。

  例えば預金については、各利用者は最初の2000ポンド(約40万円)までは全額、それを超える33,000ポンドについて90%まで、合計で、最高31,700ポンド(約630万円)まで補償される[6] 

3 実務者パネル・消費者パネル

  金融サービス市場法は、FSAに対し、実務者パネル(Practitioner Panel)及び消費者パネル(Consumer Panel)の設置及び、その業務遂行にあたってのこれらのパネルへの協議を義務付けている。これらのパネルは、それぞれ業界、消費者の利益を代弁するチャネルとして機能している。FSAは、これらのパネルの意見に考慮を払わなければならず、それに賛同しない場合は、書面で理由を説明しなければならない。

 

五 説明責任の確保

 前述のように、金融サービス市場法は、その内実について、財務省の省令及びFSAのルールに膨大な委任を行っている。他方で、こうした機関の説明責任、透明性を確保するための様々な仕組みが存在している。 

1 財務省の省令

(1) コンサルテーション  

財務省が法令改正を行う際には、原則として12週間以上の期間をとって、公衆との協議(Consultation)を行う必要がある。これは、金融サービス市場法独自のものではなく、政府の一般的な義務とされているものである[7]

コンサルテーションは、日本でいえばパブリック・コメント手続に相当する。日本でも近年は政省令をパブリック・コメントに付すことが義務付けられ、またパブリック・コメントの積極的な活用が行政の様々な領域で拡大しているが、英国のコンサルテーションは、行政過程の一部として、日本のパブリック・コメントよりはるかに深く根付いている。

   典型的なコンサルテーションの文書には、省令の条文案そのもの及び、その政策の背景説明、公衆に対する「問い」が含まれる。政策があまり議論のないものであれば、単に政府の見解を説明し、「あなたはこれに同意しますか?」と問うのみであるが、より議論の分かれるものについては、いくつかの選択肢を提示し、それぞれの長所、短所を説明した上で、選択を求めることもある。

    コンサルテーションの終了後、通常、政府側からはこれに対するフィードバックを公表する。その中で、寄せられた意見の要約及び、それを踏まえて政府としてどのように判断するかを説明する。

    英国におけるコンサルテーションの役割は、日本においては審議会のプロセスでほぼ代替されていると考えられる。日本の審議会は、各方面からの有識者や各業界の代表を一同に集めて、何時間にも渡り議論するものであり、実質的な情報量としては大きいともいえる。しかし、その運営自体に多大な労力と時間を要するという面はある。 

(2) 規制効果分析

   英国政府においては、新たな施策、特に規制に関わる施策の導入については、「規制効果分析」(Regulatory Impact Assessment)の実施・公表が求められている[8]
   規制効果分析は、当該施策が社会にもたらす便益と、そのコストを検証し、政策の目的に照らして、コストが便益に対し許容できる水準であることを示すものである。全体的な便益、コストのほか、中小企業に対する効果や、競争政策上の効果など、いくつか特定の検討項目がある。
   分析はできるだけ科学的、定量的に行うものとされているが、現実には、多くの場合、便益やコストの定量的評価は困難である。金融サービス市場法関連の規制効果分析も、大半は定性的な記述に止まっている。規制効果分析は未だに発展途上の取組みであり、現段階では、これが実質的な効果を上げているとは言い難いが、少なくとも、政策担当者の説明責任の向上には資するものと考えられている。   

(3) 国会提出

   英国においては、省令であっても、国会に提出し、その承認を受けることが必要とされる場合が多い。金融サービス市場法下の省令についても、国会において「積極的議決」(Affirmative resolution)又は「消極的議決」(Negative resolution)という手続を経る必要がある。前者は、国会で実際に審議、可決を必要とするものであり、後者は、国会に提出後一定期間に特に否決されない限り自動的に承認されるものである。どのような省令がどちらの手続に服するかは、金融サービス市場法の規定により特定されており、おおむね、規制を増加する省令の制定、変更は「積極的議決」を必要とする。

   もっとも、法案審査とは異なり、国会はこれらの省令について、基本的にその内容ではなく、法律の授権を逸脱していないか、といった技術的な観点からしか審査することができず、また、省令を否決はできても修正することはできない。そのため、この統制はそれほど実質的に機能していないとされる。

また、英国では議案の国会提出に当って与党の事前審査や根回しのようなものは無く、国会審議が政府に課す負担もはるかに小さいため、こうした手続の意味を日本と同列に論じることはできない。 

2 FSAのルール

  FSAは、金融サービス市場法により、4つの規制目標(regulatory objectives)を与えられている。すなわち、@市場の信認(market confidence)、A公衆の認識向上(public awareness)、B消費者の保護(protection of consumers)、C金融犯罪の減少(reduction of financial crime)である。FSAは、究極的にこれらの目標に合致するよう行動しなければならない。

また、金融サービス市場法は、FSAに対しても、ルールを制定する際には公衆とのコンサルテーションを行うことを義務付けている。また、そのコンサルテーションには、費用対効果分析(Cost and Benefit Analysis)や、それがFSAの法的目標に合致することの説明を付さなければならない。

 

六 金融サービス市場法の評価と課題

1 金融サービス市場法の評価

英国の金融サービス市場法下における規制体制はおおむね高く評価されている。ロンドン市が独立の調査機関に委託して行った、各国の国際的金融センター(ニューヨーク、ロンドン、フランクフルト、パリ)の比較調査[9]では、総合的な競争力においてロンドンはニューヨークと僅差の二位につけ、フランクフルト、パリに対しては大きくリードしている。また、特に、規制環境については、ロンドンはニューヨークをも凌駕してトップとなっている。

  IMFの4条協議においても、英国の金融監督システムは、「多くの面で、国際的に先頭を走っている」と評されている。

  また、FSAという強力な規制機関の設立は、消費者・投資家保護に大きな役割を果たしていると考えられる。FSAによる課徴金の金額は過去4年間で急増している[10]。正式な処分に至らずとも、FSAがその調査の過程で業者と合意し、業者が被害者に対して弁償を行う等の自主的な措置を講じることで決着するケースも多い。 

2 Two Year Review

  他方、金融サービス市場法については課題も多く指摘されており、業界からも様々な改正要望が出されている。財務省は、こうした要望に逐一対応するのではなく、原則として、定期的にまとめて見直しを行うというアプローチをとっている。こうした方針の下行われたのが、「Two Year Review」である[11]。これは、金融サービス市場法が施行された2001年12月から2年の経過を契機として全面的な見直しを行うプログラムである。2003年夏頃から準備が進められ、2003年11月、正式に着手を発表し、約1年後の2004年12月、その結論が発表された。

Two Year Reviewの主な内容は、@規制の範囲の見直し、AFSAの実務の見直し、B金融オンブズマンの見直しである。 

このうち、規制の範囲の見直しについては、今回は、金融サービス市場法が導入されてからまだ日も浅いということで、法律レベルでの改正は行わず、省令レベルの改正に限定するとの方針が早期から明らかにされていた。その結果、抜本的な改正ではなく、いくつかの特定の分野における規制緩和に止まっている。

FSAについては、そのルールブックがあまりにも複雑であることや、コンサルテーションの頻度が高すぎ、業界の負担となっていることが指摘され、FSAはこれらを簡素化する対応をとっている。

オンブズマンは、業界から、最も強く見直しが求められた分野である。特に問題視されたのは、オンブズマンの個別案件に関する裁定が、「先例」として業界に広く影響を及ぼすケースである。こうしたケースでは、業者が裁判所に控訴できないことと相まって、オンブズマンが事実上ルールを創造する結果となってしまい、個別紛争の解決というその役割を逸脱しているとの指摘がみられた。他方で、消費者サイドはオンブズマン制度の堅持を強く求めた。財務省は、中立的な立場を守り、FSAによるコンサルテーションにこの問題を委ねた。結果としては、オンブズマン制度をほぼ現状維持するが、一般的な影響の大きい案件についてはオンブズマンがFSAとの連携を強化することとされた。 

七 「金融サービス市場法」的な法制を日本に導入する際の留意点

1 歴史的背景の相違

日本でも包括的・横断的法制へ向けた議論が近年活発であるが、第一に、英国の金融サービス市場法は日本とは異なる背景の下に発展してきたことに留意する必要がある。

英国においては、一で述べたように、金融機関の規制は自主規制が中心であり、かつ、金融サービス市場法制定までは、業態毎に規制機関が分立していた。英国における金融サービス市場法の意義は、@全業態をカバーする単一法制(single statutory framework)を実現したこと及び、AFSAという、法的根拠に立脚した、単一の規制機関(single regulator based on statute)を導入したことにあるが、実質的により大きな意味を持っていたのは後者であるといえる。金融サービス市場法の長所と考えられている要素も、実際には、FSAの持つ柔軟かつ強力な規制機能に根ざすところが大きい。

この点、日本ではそもそも、金融規制は法律に基づいて行われるのが当然であり、また、大蔵省時代のはるか昔から、(一部、他省庁が所管している分野は別としても)一元的な金融規制機関が存在していた。そのため、日本における「金融サービス法」導入論においては、もっぱら「法制の一元化」という面に着目することとなるが、これは英国では、全体のうち一部の要素に過ぎないのである。 

2 英国の法制の課題

  金融サービス市場法は、法律レベルではほぼ業態横断的な法制を実現しているものの、その内実においては業態間の不整合は多く残されている。これは、同法の制定に際し、既存の法制を再編しながらも、実質的な規制の範囲についてはできるだけ現状を維持するという方針がとられたことによるものである。銀行、保険、投資サービスの三大業種間の差は、省令レベルで維持されており、おおむね銀行、保険(ただし、投資的商品を除く)については、投資サービスよりはるかに緩やかな規制となっている。こうした格差は、商品のリスク等に基づいてすべて理論的に説明できるわけではなく、一層の一元化の推進は将来的な課題となっている。

  なお、「投資サービス」の中には、証券、投資的な生命保険商品、デリバティブ、集団投資スキームなどが含まれるが、投資サービス分野内での規制の整合性は比較的よく保たれている。これは、投資サービス分野が1986年金融サービス法によって既に横断的に規制されていたためである。 
3 制度的背景の相違

  法制を、シンプルかつ横断的なものとする要請と、各業態の実態により即したものとする要請は、トレードオフの関係にある。金融サービス・商品は多様であり、同一の規制をすべてのものに適用すれば、かえって効率性を阻害するということは英国でも認識されている。

  英国においては前述のように、法律レベルでは横断的な枠組みのみを定め、具体的な規制の内実は財務省令やFSAのルールに全面的に委任することによって、そのバランスを巧みに図っている。しかし日本においては、あまりに多くの事項を政省令に委任することに対しておそらく抵抗があろう。
  また、FSAが行使できる、無制限の課徴金、被害者への弁償命令、あるいは市場濫用行為に関する「準則」の制定といった数々の手法は、規制機関にとって非常に有効なものであるが、日本では法制上なじみにくいものが多い。

  英国においては成文憲法が無く、法律に書いてしまえばおよそいかなることでも可能であるという伝統があるが、日本では、どこまで従来の法制的な「縛り」を弾力化できるかという点が、実効性ある制度を設計する上での課題であろう。 

4 所管官庁

  日本において「一元的法制」と称するものを実現しようとすれば、避けて通れないのは、他省庁、特に経済産業省の所管分野である。投資信託と商品ファンドの区別のように、スキームとしてほぼ同様であっても、投資対象によって適用される法律及び所管官庁が変わるというのがその典型例である。こうした顕著な不整合を残したまま、「法制の横断化」を進めても、名実ともに不十分であるとの批判は免れがたいのではないか。

  英国の金融サービス市場法制定の過程では、イングランド銀行の有していた銀行監督権限や、貿易産業省の有していた保険会社の監督権限等、他の機関の所管もFSA(及び財務省)に移管されている。
 

八 結び

  英国の金融サービス市場法は、未だ発展途上ではあるものの、世界の先駆たる金融規制の枠組みとして、参考に値するものであると考える。

しかし、日本において、同様の法制を検討する際には、単に「全ての法制の一元化」というイメージを先行させるのではなく、既存の法制のうち、特に不整合があるのはどの分野か、実務的に有効に機能させるためには何が必要か、といった、地に足をつけた考察が重要である。


[1] 保証有限責任会社(Company limited by guarantee)とは、株主のいない会社形態で、非営利の事業を目的とする会社にしばしば用いられる。
[2] Schedule 1, para 13, FSMA
[3] 英国においては、法律から直接、省令に委任するのが通常であり、日本の「政令」にあたる法形式は基本的に用いられない。
[4] オンブズマンの裁定に手続的瑕疵や、著しい不公正がある場合には、Judicial Reviewという行政訴訟を起こしてその有効性を争うことは可能であるが、Judicial Reviewの要件は極めて限定されている。
[5] 英国においては歴史的に、単一の成文憲法が無いが、英国も批准しているヨーロッパ人権規約(European Convention on Human Rights)は、憲法的な価値を持つものとされており、国内の立法は同規約に整合的でなければならない。
[6] 詳細はhttp://www.fscs.org.uk/about_us/compensation_limits/
[7] Cabinet Officeの定めるCodeに規定されており、法的なルールではないが、それに準じた義務とされる。詳細は下記のリンクを参照。http://www.cabinetoffice.gov.uk/regulation/consultation/index.asp [8] 詳細はhttp://www.cabinetoffice.gov.uk/regulation/ria/index.asp を参照。
[9] Centre for the Study of Financial Innovation: “Sizing up the City ? London’s Ranking as a Financial Centre”(June 2003)。下記のリンクを参照。http://www.csfi.org.uk/Sizing%20up%20the%20City%20report.pdf#search='sizing%20up%20city' その改訂版として、Corporation of London: “The Competitive Position of London as a Financial Centre” (November 2005)http://www.cityoflondon.gov.uk/Corporation/business_city/research_statistics/research_publications.htm
[10] http://www.fsa.gov.uk/pages/doing/regulated/law/pdf/fines_chart.pdf
[11] 下記のリンクを参照。http://www.hm-treasury.gov.uk/consultations_and_legislation/fsma_twoyrrev/consult_fsma2yrev_index.cfm 

   

戻る