グラスゴウ(Glasgow) 1997.9
グラスゴウはエディンバラから電車で30分程度の場所に位置する、スコットランド最大の都市である。エディンバラが、城を初めとする史跡に囲まれた「古都」の様相を留めるのに比して、グラスゴウは近代的な大都会である。しかしながら、文化的な魅力においても、グラスゴウはエディンバラに匹敵するものを持っている。
グラスゴウに着いて、最初に訪れたのがグラスゴウ大学であった。1451年に創立されたこの大学は、近代経済学の父であるアダム・スミスを輩するなど、長い歴史に支えられた伝統を誇る。キャンパスは広々としており、建物は堂々たる威容を示している。掲示板を眺めると今も脈々とここで学びつづける学生の息遣いが聞こえてくるようで面白い。見れば、それは学生達の試験の結果であった。学生の名前と、その成績(総合評価で示される)が列挙されている。「good」や、時折「excellent」が見られる。他方で、「very poor」、はては「failed」などという記述もある。こうした、失敗した学生についてまで、すべて公開されてしまうという恐ろしい習慣が守られているのである。
グラスゴウは建築家チャールズ・レニー・マッキントッシュの活躍した街として有名である。グラスゴウ・スクール・オブ・アート等、彼のデザインによる建物が数多く存在し、今でも使われている。ウイロウ・ティールームにおいては、マッキントッシュのデザインによる背の高い椅子に座って、お茶を楽しむことができる。混んでいたが、並ぶほどではなく、値段も普通の喫茶店よりそれほど高いわけではなかった。マッキントッシュのデザインが本来そうであるように、芸術的な装飾が実用的な空間にそのままさりげなく溶け込んでいるところがこの街の特徴かもしれない。お茶を飲みながら、相席になったドイツ人の旅行者と会話をする。彼は地理を学んでおり、研究旅行を兼ねてスコットランドをまわっているらしい。彼のお勧めはスカイ島で、スカイ島に3日間行った人は皆5日間いられればよかったと思い、5日間行った人は一週間いられればよかったと思うという。その言葉が本当かどうかは、これから自分で確かめることとなるのである。
グラスゴウのカテドラルは聖マンゴーという聖人を守護聖人としている。そのカテドラルの脇に、小さな博物館がある。そこは宗教博物館になっており、キリスト教に限らず、世界の様々な宗教をいろいろなテーマに沿って紹介している。それ自体とても興味深い展示なのだが、予期せぬところに、見覚えのある絵が現れる。それは、サルヴァドール・ダリによるキリストの絵である。十字架に架けられたキリストを、頭上から見下ろす形で描いた、極めて印象的な構図のこの絵は、当初は物議をかもしながらも、現在はキリスト教会の宝のひとつとなっているという。この著名な絵がこんな小さな博物館にあることが最初信じられず、係員のおじさんに「この絵はオリジナルか」と聞いたところ、彼は、当然だとばかりに胸を張って肯定する。考えてみれば、ケルヴィン・グローブという巨大な美術館を擁するこの都市に、このクラスの作品があっても全く不思議ではないのだが、ガイドブックの予備知識も無くたまたまふらりと訪れたところで思わぬ掘り出し物を見つけたという感じである。
少し話が戻るが、この日、1997年8月31日の朝、深く記憶に刻みこまれるニュースを目にする。それは、B&Bとして利用しているグラスゴウ大学の寮の、朝食の時である。食堂に下りて、何気なく置いてあるタブロイド版の新聞を見ると、「DIANA IS DEAD」という見出しがある。この瞬間は、どうせつまらない事件をタブロイド特有の大仰な見出しで扱っているのだろうと思って、気にもしなかった。日本のスポーツ新聞で、例えば、「若貴、絶縁」という大きな見出しの後ろに、小さく「か?」とか書いてあるのと同じ発想である。しかし、よく見ると、別の新聞にも似たような見出しがある。そして、食堂に下りてきた人達が、新聞の見出しを目にして、怪訝そうな顔をしている。そうして徐々に、イギリスを揺るがせた重大な事件に立ち会ったことを実感していったのである。後から気付いたのだが、その日、グラスゴウでも、市庁舎の前の広場にたくさんの花が供えてあったのが印象的であった。
次回・アバディーン