インヴァネス(Inverness) 1997.9

 エディンバラからさらに鉄道で3時間半も北へ走ったところにある、最果ての観光都市、インヴァネス。こじんまりとした市の中心をネス川が流れ、ハイストリートがそのまま川に掛かる橋となっている。橋の脇には、現在は裁判所として使われている城が建っており、スコットランドの貴公子ボニー・プリンス・チャーリーを助けたとされる女性フローラ・マクドナルドの像が川を見下ろしている。ひとつの絵画的な完成度を持った、イギリスでも有数の美しい街である。この地域で有名なのは、何と言っても、怪獣「ネッシー」で知られるネス湖の存在である。インヴァネスからはいくつもネス湖へのツアーが出ており、必ず、湖畔にあるビジター・センターへ連れて行かれる。本来はミステリアスな雰囲気を漂わせているべきこの地も、すっかり観光地化されてしまっている。ビジター・センターにはネッシーを見たという昔からの証言、探索の記録が紹介されており、一応、それなりに科学的な展示である。ネッシー関係のグッズは当然多数おみやげ物屋に売られているが、さすがにネッシー饅頭やネッシーサブレは無い。

 この日はスコットランドでは珍しく良く晴れており、絶好の遊覧船日和であった。普段であればこの上もない幸運なのだが、やはり謎を秘めたネス湖の上では霧でもかかっていて欲しかった。晴れて欲しい時にはいくらでも惜しみなく雨は降るのだが。ネス湖のほとりには、廃墟となっているアーカート城がたたずんでいる。もう少し天候が悪ければ、幻想的な雰囲気も醸し出されるのであろうが、この時ばかりは、ひたすら青い湖と青い空をバックに健康的な姿をさらしていた。

 インヴァネスの周辺の古城の中でもよく知られるのが、シェイクスピアの戯曲「マクベス」の舞台となったコーダー城である。マクベスの未来を予言する超自然の魔女達、血みどろの殺戮、そして動き出すバーナムの森。まさにそこは、悪に染まりながらも人間的な弱さを持ったマクベスが苦悶する、呪われた城である。ーしかしながら、実際のコーダー城は、そうではない。それどころか、色とりどりの花を満載した庭園の美しい、手入れの行き届いた典型的な貴族の館である。またしても、現実はイメージを裏切るのであった。

 とはいえ、インヴァネスが極めて観光地としての魅力に富んだ街であることに偽りはない。コーダー城からの帰り、夕立のあと、ネス川のほとりに、もう一つの、虹の橋がかかっているのを見たとき、今度こそスコットランドのイメージは現実となるのである。

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