いよいよ北欧旅行のハイライトである、フィヨルドへの旅へと繰り出す。オスロから登山電車を経てフィヨルドをまわるコースは、当然ながら非常に人気があり、ひとつのパッケージとして各種の乗り物のダイヤが組まれ、"nutshell"(早わかり)としてパンフレットで紹介されているので、大変便利だ。コースは、ます鉄道で登山電車の麓の駅まで行き、そこから登山電車に乗る。
山腹の駅、ミュルダール(Myrdal)で登山電車を待ち合わせる。これまで乗ってきた列車の中は暖房で暖かかったので気づかなかったが、一歩外へ出るとすごい寒さだ。7月とは思えない。登山電車(といっても、下りだが)の窓からは、山や滝の織り成すスケールの大きな眺望が楽しめる。車掌が、若くかわいらしい女性なのが印象的だ。彼女は流暢な英語を話す。女性の社会進出が進み、また英語が極めて普及している北欧の社会を表しているようにも思える。ふと、電車が止まる。滝壷の脇にさしかかったので、降りて見学する時間を与えられるのだ。乗客達はぞろぞろと歩いて滝壷へ向かう。水しぶきがかかってくるほどに迫力がある。すると、突然音楽が流れ出す。見ると、滝の中の岩場に、女性が現れる。滝の精か、魔女といった風情か。よく見ると、脇に小屋のようなものがあり、いつもはそこで待機していて、電車が差し掛かる時間になると出てくるのだろう。この演出には、観光国家の徹底振りを見る思いだ。
登山電車を降り、いよいよフィヨルド・クルーズが始まる。フィヨルドとは、氷河の侵食により形成された、北欧に特異の入り江だ。その中でも最大級の、ノルウェイのソグネ・フィヨルド。高校の時に地理で学び、ただ想像した情景を、これからまさに目の当たりにする。ほとんど波も無く、鏡のようになめらかな水面を、滑るように船は行く。水路は川のように狭隘だが、左右には、断崖が切り立っている。
しばしば、船が、予定表にも無い場所で接岸し停泊するのに気づく。この観光船が、水路沿いの村への物資の供給と、村人の足も兼ねているのだ。こんな場所に住んでいる人はどうやって生活しているのだろうと思う。時折、船の音声ガイドが、水路沿いの村を紹介するのだが、それこそ人口14名とか、6名とかいう村がある。道路は一切無く、船が唯一の交通手段である。しかし、それでも郵便局まであるのが驚きだ。よく晴れており、岸辺の緑が水面に反射して、エメラルド・グリーンに輝いているのが美しい。
この一日コースの後は、ベルゲンまで行ってそこで宿泊するか、もしくはベルゲンからの列車でオスロまで戻るのが一般的であるが、ベルゲンまでは行かずに、途中のVossという湖畔の村で一泊することとした。湖畔のFleischer's Hotelは、大変優雅な4つ星ホテルで、しかも駅の隣という極めて便利な場所にあるが、特別にディスカウントしてくれた。北欧では、夏の間にホテルが割引をしてくれる。通常、ヨーロッパでは夏はハイ・シーズンで割高であり、特に北欧は夏に観光客が集中するのだが、それにもかかわらずホテル料金は低くなるのだ。夏はバカンスに入ってビジネス・ニーズが無くなるかららしいのだが、いずれにせよ観光客にはありがたいことこの上ない。北欧では、他の西側ヨーロッパ諸国のように、安く小規模の宿があまり無く、一定レベル以上のビジネスホテルが中心となるが、設備の良いホテルを割安で使えることを考えれば、コストパフォーマンスとしては悪く無いのではないか。湖畔の村はひっそりと静まりかえっており、夜になると、食事をする場所さえなかなか見つからない。確かに、あまり繁忙期という感じはしないが、この時期でなければいつこうした場所を観光するのだろうかと思う。むしろ、冬のスキー客目当てなのだろうか。北欧の夏は、白夜とまでは行かなくても、極めて日が長い。夕食を終えてから十分に湖畔を散策することができる。こうしたリラックスした時間こそが旅の楽しみとも言える。ホテルに帰り、サウナに入る。北欧ではサウナは欠かせないものと言ってよく、ある程度以上のホテルは皆サウナを備えている。木張りの小部屋の中に石を熱した暖炉があり、水桶とひしゃくがある。そして、ひしゃくで水をすくい、暖炉にぶっかけてもうもうと水蒸気を立たせるのが北欧風のサウナのやり方だ。
北の果ての港町、ベルゲン(Bergen)へと着く。古くは、ハンザ同盟の一都市として栄えた街で、世界文化遺産にも登録されている中世風の街並みが今でもその面影を留めており、当時の商人の生活を知ることのできるハンザ博物館もある。当然ながら新鮮な海産物が名物で、港に面した市場では、獲れたてのエビや魚を簡単にサンドイッチにしたものがたくさん売られている。ベルゲンのもう一つの特徴は、山だ。フロイエン山(Floyen)は、山とはいっても高さは320メートルしか無いが、港からいくらも行かないところにケーブルカーの駅があり、山頂まで登れるようになっている。さほどけわしい山ではないので、歩いて登るのもそれほど苦ではない。まさに、森の中を探検する気分を気軽に味わえる。そして、上に登るほどに、遠くまで、港と海が一望でき、その眺めの良さに、斜面を登ってきた疲れも癒される。ベルゲンのように海と山の両方を一日で楽しめる街は他にそうそう無いのではないか。