第三章 英国財務省の人事制度

1 職員の階層

  英国財務省において、職員の階級はレンジ(range)として表現される。レンジは低い方から順にAからHまであり、専ら非政策的・補助的な業務を行うC以下と、政策立案に携わるD以上とに大きく分かれる。日本との対比でいうと、レンジD,Eは係長ないし課長補佐、レンジFは課長、レンジGは審議官、レンジHは局長に相当する。当然、高いレンジに行くほど給料は高くなる。現在の英国財務省の人員構成の特徴は、レンジD,Eの人数が圧倒的に多いことである。そこから上に行くに従って人数が少なくなるのは当然であるが、より下位のレンジA~Cの人数も少ない。ピラミッド型ではなく、中央が膨らんだ「ラグビーボール型」と言われる構造となっている。2006年2月の統計で、各レンジの人数は、A10人、B146人、C145人、D386人、E327人、F92人、G22人、H4人である。政策実務者であるレンジDEが全職員の実に6割強を占めている。こうした採用方針の結果、若返りも進んでおり、これらレンジDの約半分は30歳以下、また全職員の65%が40歳以下である。

日本でいう国家一種試験にやや近い、全省共通のFast Streamという手続で採用された者は、レンジDからスタートする。ただし、Treasury独自の採用も行っており(日本でいう中途採用も含む)、大卒の、政策を担当する職員は最初からレンジD以上でスタートする。その意味では、レンジD以上の職員の大半は日本でいう「キャリア」に近く、一度入ってしまえば、Fast Streamを経た場合であれTreasuryの独自採用であれ、以後の昇進に関してあまり区別はないと考えられている。レンジC以下からD以上に昇格することも可能であるが、それは稀である。英国財務省では各人の職分が契約として明確に決まっており、特にレンジD以上の政策職員とレンジC以下の補助職員の業務ははっきりと区別されている。レンジDEの差は微妙であるが、一般にEDに比べて比較的経験豊富な職員であり、一つのラインを取り仕切る立場にあることが多い。日本でいうと課長補佐に相当するランクであり、私もレンジEである。レンジDは日本でいえばキャリアの係員又は係長に相当するのであろうが、レンジEとの間に、「上下関係」に相当するような差はない。日本では、一種試験に合格したキャリアであっても最初は係員からスタートする。こうしたキャリア係員は、ある程度政策的な業務の補助を行うことも期待される一方で、あくまで「係員」であるがゆえに雑用的なことも行うという、微妙な立場にいる。例え将来の幹部候補であっても最初はコピー取りから始めさせる、「徒弟制度」的な慣行といえよう。これに対して、英国財務省では、大卒で入りたてのレンジDであっても、一人前の職員として、日本でいえば課長補佐に相当する仕事もいきなりまかせられる。

他方、レンジC以下の補助職員は、課に1〜2名いる程度に過ぎず、レンジD、Eの職員に直属の「部下」と呼べる存在はない。そのため、日本でいえば課長補佐程度に経験を積んだ職員であっても、(私がそうであるように)自分の業務に必要な範囲で、雑用的なことも自分でやらなければならないというのも事実である。

  もっとも、英国財務省では日本の官庁に比べて、業務のスタイル及び電子化の徹底により、コピー取りや書類配布等の物理的な雑用負担がはるかに小さいため、部下がいなくても日本における同じ状況ほどの不便は感じない。補助職員の数を近年減らしているのも、こうした業務の合理化に対応するものと考えられる。日本においても、限られた人員数で増大する行政需要を満たしていくためには、こうした組織のフラット化を進めていくほか無いのではないか。(実際、金融庁では、財務省に比べて、事実上こうした傾向が強まっている。)特に、新入省者をも一人前の戦力として尊重していくことは、優秀な人材の官庁への定着を促すためには不可欠であると考えられる。

  Treasuryにおいては、スタッフの多様性(diversity)の確保に力を入れている。2006年2月時点で、全職員に占める女性の割合は44%である。レンジが高くなるにつれ、女性の割合は減っていくのであるが、それでも、政策実務者レベルのレンジD39%、レンジE35%、さらに課長級(レンジF)で40%、審議官級(レンジG)で32%、局長級(レンジH)で25%と、日本の官庁(特に財務省)に比べれば、比較にならないほど高い。課長級以上のSenior Civil Service36%を女性が占めているが、この割合は、2002年の時点では18%であった。管理職に占める女性の割合は年々増加し、4年間の間に実に倍増したことになる。

  また、いわゆるエスニック・マイノリティの登用にも配意しているが、こちらは、女性の登用に比べるとまだかなり遅れている。2006年2月時点で、スタッフ全体に占めるマイノリティの割合(ただし、自己申告に基づく)は16%であるが、低いレンジに圧倒的に集中しており、レンジEで5%、Fで2%、G4.5%である。

2 採用・異動・昇進

  日本の財務省では、採用も人事異動も、基本的に一定の時期に一斉に行われるが、Treasuryにおいてはそのような習慣はない。採用は、省全体で行うというより、課や局の単位で実質的に行われており、特定の課で特定のポストが空いた場合(あるいは新しくポストをつくりたい場合)に、そこに充てるために人を採用するのが最も典型的なパターンである。このような場合に、そのポストを、内部からの異動で埋める場合もあれば、外部から採用することもある。建前としては原則として、外部も含めて公募を行うことが求められているが、実態としては個別の「はめ込み」も行われる。内部からの異動については、省内のイントラネットでポストの募集が全職員に告知され、希望する職員がそれに申請するという形となる。ポストへの申請は、CV(履歴書)をその担当部局に送って、面接を受けるという手続を踏むことになり、まさに就職活動に近い。

このような形態であることから必然的に、採用や異動の時期はばらばらで、日々、人が出たり入ったりしている。また、日本では原則として大学の新卒を採用するが、英国では日本でいうところの「中途採用」の方が通常である。(もちろん、「中途」という意識はそもそもない。)そのため、日本でいうところの「年次」という概念が無い。(もともと、こちらでは社会的に「先輩」「後輩」という観念があまり確立されておらず、これらの語に対応する適当な英単語が無いように思われる。)

日本の官庁では、年次とポストが不可分一体であり、下の年次の者が上の年次の者を追い越すことは基本的にありえないが、英国では昇進のスピードにもばらつきがある。レンジF(課長)以上への昇進は、その空きポストを「獲得」することによってなされる。したがって、うまくポストがもらえなければ、いつまでたっても昇進できない。逆に、十分な能力を証明できれば、在職年数が少なくても課長、審議官とポストを得ていくことは可能であり、この結果、前述のように、30代の審議官や、20代の課長も存在しうるのである。

速く、そして高い地位に出世していく人物(いわゆるHigh Flyer)は、大臣秘書官等の特定の枢要なポストを経由することが多いのは、日本と同様である。例えば、前事務次官(Permanent Secretary)のGus O’Donnellは、メージャー首相が蔵相時代にその広報室長(Press Secretary)を務め、彼が首相となった際にそのまま総理官邸の広報室長となっている。また、Gusの後任として事務次官になったNick MacPhersonも、大臣秘書官を経験している。だが、日本の役所ほど、典型的なキャリアパスが確立しているわけではなく、後述のように、全く違うバックグラウンドからいきなり審議官や局長級に抜擢される者もいる。

Treasuryで顕著に感じられるのは、全体として、日本の財務省に比べて職員の年齢が低いことであり、Treasuryは、英国の基準でいっても極めて「若い」組織であると言われている。一般的な印象として、Treasuryでは日本の官庁に比べて出世のスピードがはるかに速い。日本の財務省では、入省4〜5年で主任ないし係長、入省7年程度で課長補佐に達し、これは日本の水準としては相当に速い方だといえるが、その後が長く、管理職に達するには20年近くを要する。Treasuryでは、そもそも入省1年目から、日本でいえば係長と課長補佐の中間のような位置につく。課長補佐レベルでも、経験は数年という人が大半であり、10年以上を経ているような人にはあまり会わない。200510月の統計では、課長級以上のSenior Civil Serviceに相当する職員の4割以上は30代であり、ここからも日本に比べ若くして管理職となっていることがわかる。

  もっとも、こうした速い出世は、後述のように、外部との間の人材の回転が極めて激しいことにも由来している。Treasuryの中で数年務めて見切りをつけ、他の組織に転出する人も多いようである。こうした人材の変転は、組織に柔軟性をもたらし、思考の固定化、保守化を防ぐ効果がある一方で、知識・経験、人間関係の蓄積を困難にしているという面も否定できない。現在、Gordon Brown以外の財務大臣を知っている者、すなわち10年以上前にTreasuryに在籍したことのある者は全職員の15%程度に過ぎないともいわれる。 

<日本への示唆>

Treasuryにおいては、人事異動に関して、日本に比べてより職員の自主性が尊重されているといえよう。日本の官庁であれば、人事異動はほぼ上から一方的に決められ、自分で選択する余地は極めて少ない。これはある意味で、慣れてしまうと「楽」なシステムである。自分のキャリアについて思い悩む必要がないからである。しかし、自分がどの部署で、どのような仕事をするかという基本的な決定について自分自身が全く関与しないというのは、よく考えてみれば極めて奇妙である。特に日本の官庁においては、これが毎年定期的に人事異動が行われる慣行と相まって、職員の思考を受動的にしてしまっているきらいがあるように思われる。上から与えられたポストに座り、そこに降ってくる仕事をこなしながら、一年のサイクルを経れば、また人事異動で昇格する。そこには、自ら主体的に問題を発見し、取り組むという創造的な側面が乏しい。これは他方で、職員自身の満足感、動機をも減少させているのではないか。そのような意味で、近年行われている、全職員に対する個別面談、あるいは詳細な希望の聴取は、注目される取組みである。

3 出向・転籍

他の省庁や機関との間の交流は、日本よりさらに活発であり、人材の出入りが激しい。いわゆる「出向」として、Treasuryに戻ってくることを前提として一定期間外部に出る(あるいは、私のように、外部からTreasuryへ来る)場合もあるが、必ずしも期間が決まっていない出向や、完全な転籍も多い。日本では、最初に入省した省が「本籍」となり、どこへ出向しようと、その職員と所属省の間はあたかも紐で結ばれているかのように、いずれは戻ってくることが予定されている。(その紐が切れるのは、その職員の省におけるキャリアが終わるときである。)

しかし、英国の場合、もともと終身雇用を前提としておらず、最初に入った省と職員の結びつきは強固なものではない。また、日本のように、所属省の秘書課が常に面倒を見てくれるわけではなく、職員のキャリアは自分自身で決め、また切り開かなければならない。途中で他省庁や、あるいは純粋な民間機関・企業に転出することは自由であり、また、もとの省に戻ってくることも多い。しかし、戻ってくる際のポストは、やはり自ら獲得する必要があり、出身省がその保証までしてくれるわけではない。

Treasuryの経験者が、行政の他の場で活躍することが多いのは、日本の財務省と同様である。例えば前事務次官のSir Gus O’Donnellは、現在、Cabinet SecretaryCivil Serviceの長。日本でいえば事務の官房副長官に近い。)に登用されており、Gusの前の事務次官であったSir Andrew TurnbullもやはりCabinet Secretaryを務めた。他省庁の事務次官等の幹部にもTreasury出身者はしばしば見られる。また、Tony Blair首相の主席秘書官であるIvan RodgersTreasuryで審議官などを務めていた人物であり、Special Adviserで固められている首相の側近の中で唯一、キャリアの公務員である。

しかし、逆に、他省庁の出身者がTreasuryに完全に転籍し、活躍することも多い。例えば、現在の主計局長のJonathan Stephensは、北アイルランド省(Northern Ireland Office)で十数年を過ごした後、Treasuryの主計局に課長級で転籍し、その後、審議官を経て現職に就いている。また、主計局の審議官の一人であるPaul Johnsonは、文部省から、やはり審議官の一人であるRay Shostakは地方自治体からの転籍である。

英国政府の人事は、ほぼ省庁横断的に行われている側面があり、日本でかつて話題に上った「全省庁一括採用」的な要素があるといえる。2005年に、Treasuryの事務次官Gus O’DonnellCabinet Secretaryに昇進した際、彼の後任となる事務次官の座を巡って新聞に候補者の予想が書かれた。候補者の一人は、Treasury内の局長であったNick MacPhersonで、結局は彼が昇任することとなったのだが、他に名前が挙がっていた三人の候補者は、いずれも他省庁の現職事務次官であった。つまり、他省庁の事務次官がTreasuryの事務次官に横滑りしてくる可能性が十分あったわけである。その場合、その他省の事務次官のポストを、また別の省の事務次官が埋める、という具合に、省庁横断的な玉突き人事が起こることもある。

   このように、省庁間での完全な転籍がいつでもありうるということは、日本の官庁に見られるような出身省への執着心を弱め、縄張り争いを減少させる効果があるように思われる。 

また、官庁と民間との間においても、頻繁な出入りがあり、これは日本には見られない慣行である。むしろ、現在では、幹部級の重職に就く前に、官庁の外の仕事を一度は経験することが求められているとされ、そのため、多くの職員がキャリア形成の一貫として意図的に外部に転出している。幹部級を含め、民間からの職員の登用も多い。

現在のTreasuryの最高幹部達の顔ぶれは以下のとおりである。

事務次官 Nick MacPhersonKPMG等でエコノミストとして勤務した後、1985年にTreasury入省。1993年から97年に財務相主席秘書官を務め、Ken ClarkeからGordon Brownへの財務大臣交代を補佐した。主計局長、主税局長を経て2005年8月より現職。

副事務次官、経済・国際局長 Jon Cunliffe1980年に公務員となり、キャリアの初期を運輸省で過ごす。Treasuryに転入後、マクロ経済関係の業務を歴任し、金融規制産業局長を経て現職。国際部門のトップ(財務官のカウンターパート)。

主税局長 Mark Neale:これまで、Treasuryのほか、Home Office、労働年金省、文部省、内閣府など様々な省庁を渡り歩く。直近は、Home Officeでテロリズム対策の局長を務め、2005年にTreasuryの主税局長となった。

主計局長 Jonathan Stephens1983年に北アイルランド省に入省、キャリアの大半を同省で過ごし、2001年にTreasuryの主計局に課長級で転入。以後、局内で審議官を経て、局長に昇進。

金融・産業局長 John Kingman 1993年、Treasuryで金融担当副大臣の秘書官を務めた後、Financial Timesのコラムニスト、BPCEO officeの経験を経て、1999年に広報室長としてTreasuryに戻ってくる。翌年Productivityチームの課長となり、たちまち審議官、そして局長へと昇格した。まだ三十代の若さである。

公会計局長 Mary Keegan1974年に大学卒業後、PWCで会計士として勤務。英国会計基準委員会の委員長に就任した後、現職に抜擢。

  なお参考に、私の在籍中に退任した三人の元幹部の経歴も下に示す。

前事務次官(Permanent Secretary) Sir Gus O’Donnell1955年生まれ。4年間経済学の講師を務めた後、1979年にTreasury入省。首相広報室長、IMF・世銀理事、経済・国際局長等を経て2002年7月よりTreasuryの事務次官に。2005年、Cabinet Secretaryに昇進。

前副事務次官(Second Permanent Secretary) Sir Nick Stern:学界の出身であり、EBRD、世銀のチーフ・エコノミストを経た後、Treasuryの主税局長となり、さらに副事務次官に昇進。現在は、首相のアドバイザーに転身したが、Treasuryにも引き続き頻繁に出入りしている。また、Head of Government Economic Service、すなわち政府の各省庁で勤めるエコノミストの長としての役割も有している。

前金融・規制・産業局長 James Sassoon1977年より、KPMGで会計士、1985年よりUBS Warburgでインベストメント・バンカーとして勤務した後、局長職に抜擢される。現在は局長を退任したが、City of Londonに対する財務大臣の名代といった肩書きでTreasuryに留まっている。

  これを見ても、Treasuryの首脳部のキャリアの多様性が伺える。このうち、Sassoon, Keeganの二人は民間からの直接の抜擢である。実質的にTreasuryの生え抜きと言えるのは、O’DonnellCunliffeMacPhersonの三人だけであるが、彼等の入省年次は、それぞれ1979年(昭和54年)、1980年(昭和55年)、1985年(昭和60年)であり、他の職も経ているとはいえ、日本の同等のポストに比べて、省内での経験年数は少ない。

Treasuryでは、Board(幹部会)が、時折、職員を対象に質問会(Question Time)を開催している。質問会は講堂で行われ、職員は誰でも参加することができ、ほぼどのような質問でもすることができる。また、その模様は、省内テレビを通じて、各人が自席で視聴することもできるようになっている。こうした質問会の一つで、私は、以下のような質問をした。「Treasuryは最近積極的に、外部から人材を登用しており、Boardにもそうした人々がいる。彼等は、内部から上がってきた人間と同等、あるいはそれ以上の業績を上げている。これを踏まえると、官庁の中で経験を重ねることにどのような意味があるのかが問われるが、どう考えるか。」

この質問に対し、事務次官のGus O’Donnellは、「行政内部での経験と、外部での経験には、それぞれに意味がある」とした上で、「局長レベルに、外部の人間を何人か登用することは有益であると思うが、事務次官は、大臣、政治等との調整を求められる仕事であり、外部の人間が務めることは難しいだろう」とはっきり答えたのが印象的であった。

もっとも、外局の長には民間出身者も多く、国税庁と税関が合体してできるHM Revenue and Customsのトップへの就任が予定されているDavid Varneyも、シェル石油で勤め上げてきた純粋な民間人である。

いずれにせよ、政府外でのキャリアは政府内でのキャリアと同等に評価される傾向は強まっており、外部の経験を持たないことは弱点であるとさえ考えられている。現在、英国政府ではむしろ、官僚が官庁だけではなく他の職場、特に民間を経験することを奨励しており、それが幹部級に昇格するためのひとつの条件となっているとさえ言われている。Treasury事務次官からCabinet Secretaryに昇格したGus O’Donnellもそうした方向性を推進しており、彼のCabinet Secretary就任直後の新聞のインタビューにおいて、以下のような官僚達へのメッセージが伝えられている。

If you want to get on, get out」(官庁で成功したければ、まず官庁の外に出ろ)

 <日本への示唆>

日本では、いわゆる「中途採用」が極めて限定的であることもあり、一度完全に民間に転出した(つまり、正式に退職した)職員がまた官庁に戻ってくることはほとんどありえない。こうした慣行を変え、職員が柔軟に民間との間を行き来できるよう、人材の流動性を高めることが今後必要と考えられる。少なくとも、出向で民間を体験する機会を増やすべきであろう。

  退職した職員は当然、どこか別の組織に就職することとなるが、日本におけるようなシステマティックな「天下り」の慣行は無い。しかし、官僚としてシニアなポストを勤めた人材、特にTreasuryの出身者は、優秀で広い視野を持つ人材として一般的に受け止められており、自ずと引き合いがあるようである。日本では、官民を問わず、同じ組織で下から上がってきた人間をトップに据えるのが当然であるという認識があるのに対し、英国においては、いかなる組織であれ、マネジメントレベルでは外部の人間を採用することに違和感がなく、むしろそれが積極的に奨励されることも多い。こうした風土の差も、自然な形での再就職を容易にさせているのではないかと推測される。

日本の財務省でも、前述のように、民間への出向機会を増やす等、職員の視野・経験を広げる工夫をすることにより、職員の「市場価値」を高めることが、「天下り」の慣行を縮小させていくことにも資するのではないか。

4 研修(training

  Treasuryにおいては、数々の研修プログラムが内部で提供されており、職員は省内イントラネットでその内容・日程等を把握して、自由に申し込むことができる。日本のように、新入省者等を対象に一斉に研修を行うといったシステムが無く、良くも悪くも職員の自主性に委ねられている。内容としては、新入省者向けのInduction Courseや、Public Finance のような業務に直結したもの、Public Policy Administration, Macroeconomicsのように業務の背景知識として有益なもの、Word などのITスキルがある。さらにはManagement, Effective writingのような、業務一般のスキルに関係するものも多いのが特徴である。こうした研修を受講する場合の障害の一つは、当然ながら時間的な制約であり、最も長いMacroeconomics Level2では合計10日間、平常業務から離れる用意が必要となる。しかし、研修を終了するとその内容に応じて一定のtraining creditが与えられ、このcreditを一定点数取得することが昇進の必要要件となるため、計画的に研修を受けていくことは各職員にとって重要であり、年休の取得と同様、研修を受けるために一定期間業務を離れることは職員の正当な権利として尊重されている。もっとも、時間さえあればいくらでも研修を受けられるわけではなく、予算的な制約もある。研修は、内部職員のみが講師となるものを除いて、「費用」がかかり、この費用は、その職員の属する課の予算から支出される。もちろん、研修用の予算は各課に一定額確保されており、これを消費するのは職員の権利なのであるが、日本のように費用が中央から支出される方式に比べて、心理的なハードルとなることは確かである。研修の費用対効果を厳しく意識させるためにはやむを得ない措置なのかもしれない。特に近年、行政経費の節減が重要な課題となっていることもあって、語学研修のシステムが見直された。以前は、フランス語、スペイン語、あるいは日本語なども、(課の予算さえあれば)希望者はマンツーマンで受講することができる極めて寛大な状況であったが、これが改められ、複数人での受講が原則となり、またその語学の業務上の必要性(business case)を示すことが求められるようになった。

  こうした、役所を通じて提供される研修の他、職員が私的に資格や学位取得へ向けた勉強をするためにstudy leave(研修休暇)が与えられる場合がある。

  日本の財務省でも最近は、語学等、自主的な研修が充実してきている。また、金融庁では、法律や会計等、より業務に直結する知識についての研修が充実しているが、多くは新入庁者向けである。中堅クラスの職員を含めて、より多様な知識の習得が可能となるよう、柔軟な研修プログラムを発展させていくことが望まれる。

  また、職員個人の、外部での学習についても、業務の向上につながるものとして認知し、試験のための休暇取得を認めるなど、積極的なサポートを行うべきであろう。

5 人事評価(appraisal

  いわゆる勤務評定にあたるものとして、appraisalという手続が、年に一回行われる。これはTreasuryでも発展途上であり、毎年方法が見直されているが、直近の手順は大要以下のとおりである。

@関係者(stakeholder)からのフィードバック

 人事評価は、原則として、4月から翌年3月までを「報告年度」とし、4〜5月にかけて直近の報告年度の評価が行われる。評価を主導するのは、通常、対象である職員の直接の上司(line manager)であるが、line managerは、これに先立ち、3月頃から、当該職員の関係者から情報を集める。関係者とは、当該職員と仕事上関係の深かった同僚であるが、最低3人以上から意見を集めなければならず、また当該職員に部下がいる場合は、必ず部下を最低1人は含めなければならない。(このため、「360度フィードバック」とも呼んでいる。)

Aappraisal discussionと目標の設定

  4月に、評価の基礎となる、職員と、line managerのディスカッションが行われる。ここでは、職員が直近の「目標」に対してどの程度の業績を上げたか、職員の長所・課題はどこにあるか、新しい目標をどうするかといった事項が話し合われる。目標とは、当該職員が向こう一年間でどのような仕事をし、何を達成するかという合意であり、このappraisal discussionを通じて設定され、それが翌年のappraisalにおける評価の指標となる。

B評定書(report)の作成

  職員は、職務と目標達成についての自己評価を調書に記入する。line managerは、職員とのディスカッションや、関係者からの情報をも踏まえ、職員の目標に対する業績(performance)を判断し、評定書を作成する。評定書の内容は、職員との間で合意されなければならない。

CPerformance Review Team

  line managerの作成した評定書は、Performance Review Team(PRT)という審査会によって審査され、最終的な評価が決定されることとなる。PRTの構成、手順の詳細は各局に委ねられている。通常、その局の幹部によって構成されるが、客観性の確保のため、局外の人間と、官房の人事セクションの人間を最低一人ずつメンバーに入れることとなっている。また、評定書を書いたline managerも同席する。

  例えば主計局(PSD)の課長補佐(レンジE)レベルのPRTは、局長が主宰し、局内の全審議官、全課長、それに局外メンバーとして他局(MPIF)の審議官一人が出席する。

  PRTは、同じレベルの他の同僚との比較を通じて、各職員のパフォーマンスをランク付けする。比較の尺度としては、Competence Frameworkという基準が導入され、例えばリーダーシップや、同僚との協調、コミュニケーション能力など、各領域毎に、どのような能力の発揮が期待されるか、というリストが設定されているが、この基準はほぼ不可避的に、抽象的・主観的なものに止まっている。なお、建前としては、パフォーマンスの評価対象はあくまで「当該年度に当人がどれだけそのポテンシャルを発揮したか」であって、当人の絶対的な能力ではない。従って、最も優秀と目されている職員でも、たまたまある年は平凡な業績に終わる場合もあるし、逆に絶対的な能力が低い職員でも特にその年に目覚しい進歩を見せれば、高い評価に値する、とされている。また、職員の「多様性」(Diversity。詳細は後述)が考慮要素として明示されており、当該職員が障害者である、あるいはエスニック・マイノリティである、あるいはスペシャリストとして採用され通常の職員とは異なる背景がある、等の特殊事情をフェアに反映させなければならないものとされている。

PRTによる評価の結果はline managerを通じて職員にフィードバックされ、評価が確定することとなるが、不服がある場合に職員はアピールを行うこともできる。

appraisalを通じた業績評価は、昇進や昇給にも関わることとなる。各職員の給与は、そのレンジに応じてある程度幅が決まっているが、パフォーマンスのランクに応じて、その年の昇給額が異なる。従って、連続して高いパフォーマンスを上げている職員と、そうでない職員の間では、階級(レンジ)や勤務年数が同じであっても、給与水準に一定の差が付く可能性がある(ただし、民間に比べるとこの差ははるかに少ないと指摘されている)。また、良好なパフォーマンスに対して、継続的な昇給ではないが、一回限りのボーナスという形で賞与が支給される場合もある。

私の在籍中に、Treasuryは、よりシステマティックな相対評価の導入を試みた。各レンジの職員をパフォーマンスに応じて上位20%、中位60%、下位20%に区分し、その区分に昇給額も連動させるという仕組みである。この区分は完全な相対評価であり、例えある職員が絶対的にみればまずまずの業績を上げていても、他の同僚と比較して相対的に劣っていれば、下位に区分されてしまう可能性もある。

この206020の区分については、労働組合とも合意できないまま導入されることとなった。しかし、やはり職員の間での評判は芳しくなく、後述のように、結局撤回されることとなった。

こうした人事評価制度については、職員のインセンティブを高め、また限りある人件費を合理的に配分するために必要なものであるとされる一方、不満を抱く人は多い。スタッフを対象とした、Treasuryの業務・環境全般に関するアンケート調査(全職員の7割以上が回答)が毎年行われているが、この人事評価制度導入直後の調査においては、この分野が突出して低く評価され、かつ前年より悪化している。

アンケート調査の結果発表を兼ねて行われた、Treasury Board(幹部会)の質問会においては、予想通り人事評価制度に対する質問が集中した。私も、「こうした制度で、低く評価された人が抱くであろうネガティブな感情に対しては、どのように対処するのか」と尋ねた。

これに対して、幹部達は、低く評価された人には、これを成長・発展の機会として活用できるようにすることが重要であること、また、いかなる評価にも不満は生じうるので、職員とそのline managerとの率直な議論及びフィードバックが肝要であることを強調した。

この人事評価制度を巡っては幹部、職員達を交えて多くのディスカッションが行われ、私もそれらに参加した。私は、やや日本人的な観点から、代案を述べた。206020という区分では、下位の少数に特定された人々の屈辱感は大きい。そこで、例えば203050といった具合のピラミッド型の分布にすれば、優秀な者へのインセンティブを保ちながらも、下位の者のモラル低下も防ぐことができるのではないか。しかし、この発想はTreasuryの人々には理解されなかった。むしろ彼らの議論の方向性は逆で、下位の20%という枠は広すぎるので、10%や5%にすべきだという意見が多かった。

議論を通じて私が悟ったのは、実はこうした評価区分を設ける真の目的は、上位の者を奨励することよりむしろ、まさに、下位の者を特定することにあるということだ。いかなる組織にも、一部の「問題職員」はいる。しかし、英国においても、公務員の首を切ることは極めて難しい。そこで、パフォーマンスの評価という形でそのような職員を特定し、改善を図ることを意図しているのである。だが、現実的には、モラルの低い職員は結局改善しないことを想定しており、暗に、自発的な転職を促すという陰の目的があることが感じられた。

実際、206020の厳格な相対評価は導入してわずか一年で撤回され、2006年度からは以下のような制度に変更された。
   @区分は、上位約25%、中位約6570%、下位510%とする。
   A下位に区分するのは、絶対的にみて著しくパフォーマンスの低い者のみとする。
   B各区分の比率は厳格ではなく、同等程度の職員の間で無理に線引きすることはしない。

上記のような、制度の真の目的がより鮮明になったといえる。

<日本への示唆>

Treasuryにおけるappraisalの過程は、日本の人事評価に比べて、透明性が高い。また、相対評価による業績と昇給・昇進との連動は、競争原理を働かせるためには合理的ともいえる。しかし、どの程度、どのような形で日本にこうした要素を導入することが適切であるかは、組織の構造、人事システム全体と合わせて考察しなければならない。

  日本の官庁では、同期として一斉に入省した後、年次に応じて昇格・昇給していく。その速度は一定であり、業績によって差がつくことはない。そのため、自分が同期、あるいは前後の期の同僚と比べてどの程度高く評価されているかを客観的に知りうる指標は存在しない。しかし、実際上は、各時点においてどのようなポストを与えられてきたが、その職員の評価を推知させる暗黙の指標となっている。

Treasuryにおいては、パフォーマンスのランクが毎年はっきりと定められ、また給料や昇進のスピードも異なることにより、各人の評価が明白に示されることとなる。これは、透明ではあるが、厳しさを伴うものでもあろう。もっとも、英国では前述のようにもともと日本に比べて職員の年齢、キャリアが多様であるため、給料や昇進のスピードの差が、それほどあからさまに感じられるわけではない。日本のように、「年次」できっちりと仕切られ、横並びの報酬、昇進が当然とされてきたところに、格差が導入された場合、そのインパクトは大きなものとなることが予想される。

また、このように、人事評価が給与等に直結するものである場合は、その評価の方法については公正・透明であることがいっそう重要となる。

  日本では、評価は直接の上司、あるいはそのライン上にいる上司が一方的に行う。その過程について、評価をされる職員自身が関与することは基本的に無く、何が起こっているか知りうるすべもない。

これに対して英国では、まずappraisalの評定書の策定が、line managerと職員との議論を通じてなされることにより、職員は上司に対して率直に自己の業績を主張し、また上司がどのように考えているかをある程度知ることができる。また、独立のPRTによって評価がなされ、またその過程も記録されることにより、公平性、客観性が図られている。実態としてはもちろん、完全に制度が意図されたとおり運営されているわけではない。職員との相談の上作成される、line managerによる評定書は、高く評価する方向に傾きがちであるとされる。そしてそれがPRTで審査される際に、line managerがどれだけ弁護し、PRTに影響を与えてくれるかによって、結果に差がつくともいわれる。だが、Treasuryは、こうした傾向をできるだけ減らし、客観的な証拠のみに基づいた評価を行うよう取組みを続けている。(実際にはやはり、当該職員について知識を持たないPRTline managerの評定を覆すことは例外的であり、原則として、line managerの判断が尊重されるといわれている。)

PRTでは、局の職員を比較することによって相対評価を行っているわけであるが、これは、日本では、各局総務課や秘書課の企画官が行っている仕事に近い。日本の官庁では、年次により相対的な地位が固定された、長期に渡る人間関係の中で、人事担当者が全体を見ながら判断を行っている。いわば、人事担当者の識見に委ねた「人治」といえる。Treasuryにおいては、仕事の進め方がより個人中心であり、人材の変転も激しいことから、各職員の仕事ぶり、資質は直接のline manager以外にあまりよく把握していない場合が多いと考えられる。また、総務課企画官や秘書課企画官に相当するポストも無い。そのため、人事について少数の人間が独断で決める方式を採らず、書面に基づく客観的な手続と、集団的な意思決定に立脚することは、より合理的であるといえよう。

このように、日本の人事評価は、日本の慣習に根ざしたものではあるが、Treasuryのような手続的なセーフガードは欠落している以上、必然的に、個々の人事担当者による「人治」の質に全てが依存することとなる。現在の慣行の最大の欠点は、上司が一方的に部下を査定するのみであり、部下の上司に対する評価は、(噂話等を通じる以外)その上司をさらに査定する上司の耳には届かないことである。このため、上司への印象を少しでも良くするために、部下を不必要に酷使する等、正義に反するのみならず、組織全体の効率性をも阻害する事態が生じうる。また、部下や同僚から見た評価と、上司から見た評価が全く異なるということもありえ、多くの部下からすれば理不尽とも見える人事が行われる場合も多い。「下に厳しく、上に優しい」者が出世しやすい仕組みとなっているのである。

こうした状況を改善するために、「360度評価」的な要素を導入すべきと考える。英国では、line managerが評定書を作成する際に、当該職員の部下を含め、仕事上関係の深かった同僚達に匿名の意見を求めるということが行われている。私も、自分の課長についての評価を、その課長を査定する審議官から求められたことがある。また、自分が立法作業に携わっていた際、主に接していたlawyer(日本でいえば、法制局参事官に近い)の評価を、そのlawyerの上司(法制局部長?)から尋ねられたこともあった。

また、パフォーマンスを測定する指標には、部下との関係も含まれており、部下に信頼され、そのモティベーションを上げることも、評価の対象となりうる。  

おそらく、本当の意味での360度評価を実施するのは技術的に難しいであろうし、当面は、人事評価権はあくまで上司が一元的に有するものとしてよいと考えられる。ただし、その評価の材料として、英国のように、部下や同僚の意見も斟酌される仕組みを作ることが必要である。最近では、職員の個別面談や意見聴取を通じて、そうした情報も収集されうる機会が出てきているが、私としては、そのような逸話的、告発的なもののみならず、より客観的、システマティックな制度を導入すべきと考える。すなわち、各職員の人事評価に際し、その職員の部下全員(あるいはできるだけ多く)から択一式を中心としたアンケートを行い、その結果を査定者に開示するのである。例えば、10人の部下のうち8人までが全体として否定的な回答を返していれば、それまで当該職員に好印象しか抱いていなかった査定者も、自分の評価を見直すきっかけとなるであろう。また、こうした手続がシステムとして導入されることにより、各職員は、自分が上司だけではなく部下からも見られていることを意識するようになる。それだけでも、職員の行動様式に大きな影響を与えることができるのではないか。




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第四章 業務の概観