第四章 業務の概観

1 日常業務の流れ

(1) Submission

Treasuryでは、政策を決定する基本的な手法として、submissionと呼ばれるポリシー・ペーパーを大臣に提出し、その決断を求める。submissionにはある程度一般的な様式があり、まさに日本における局議ペーパーのように、問題の所在(issue)、背景(background)等を説明し、議論を展開した上で、結論として採るべき政策の提案(recommendation)を示すという形が通常である。日本と異なり、通常、口頭で説明することを予定していないので、読むだけで内容が理解できるようなペーパーになっている必要がある。添付資料を除いた本体だけで5〜6ページに及ぶことは通常であり、時には10ページを超えるようなペーパーもあるが、大臣はこうしたペーパーを自ら読んで決定を下すことが求められる。秘書室によれば、大臣に提出されるsubmissionは毎日10件近くにも上り、時には一晩で30件のsubmissionを処理する必要が生じることもあるという。当然、多忙な大臣がこうしたペーパーを昼間読む時間は無い。専用の赤いアタッシュケースに書類を詰めて家に持ち帰り、夜中に読むのが大臣たる者の責務なのである。submissionを含めて、大臣に提出するペーパーは基本的に全て、原課の担当者から直接秘書室にメールで送付し、秘書室から大臣に上げるという形となる。大臣のコメントは秘書室を通じて担当者にフィードバックされる。当然、特に重要な案件や、大臣が関心を持つ案件については、大臣室で会議を行うこともある。

なお、日本では日常的な案件は通常局長レベルまでで議論・決定するが、Treasuryでは、大臣への提言こそが政策立案であると一般的に認識されており、大臣に実質的な采配を仰ぐ機会はより多い。

(2) Briefing

Submissionと並んで大臣に提出する機会が多いのは、briefingと呼ばれる類のペーパーである。これは大臣が会議に出席したり誰かと会談を行うに際し、その背景や、応答要領等をインプットするものである。これは通常、秘書室から原課の担当者に依頼がなされ、上記のsubmissionと同様に、担当者からメールで提出する形をとる。 

(3) Letter

文化的な慣習の違いからか、日本ではあまり見られないが、英国の官庁においては、他の政治家や業界、あるいは一般公衆から大臣宛てに手紙が届き、それに対して返信するというやり取りが日常的に行われている。日本でも当然、大臣宛ての要望書等は頻繁に来るが、それは通常単なる陳情、要望であり、必ずしも返答を期待していない。むしろ、直接に大臣や役所の幹部に面会を求めるケースが多い。これに対して英国においては、単に陳情のためにわざわざ役所に来るという慣習は無く、手紙を送るのが一般的であるが、こうした手紙が何らかの要望や質問を含んでいる場合は、原則としてこれに返信しなければならない。多いのは、他の国会議員が、選挙区からの要望等を仲介して手紙を送ってくるケースである。このように国会議員や、重要な人物から送られてきた手紙は、Ministerial Caseと呼ばれ、事務方が起案した文面に、大臣自らが署名して返信する。そうでない場合は、Treat Officialと呼ばれ、事務方が、大臣を代弁して自らの名前で返信する。(つまり、手紙は大臣の目に触れない。)これらの振り分けは、こうした大臣宛て書簡を担当するチーム(Ministerial Correspondence Unit)の判断で行われる。

なお、余談であるが、私の担当していた職務の関係で、財務大臣Gordon Brown自身の選挙区からの問合せのレターが、彼のオフィスを経由して寄せられたことがあった。このような選挙区からのレターは、一議員としてのGordon Brownの名前で送られてくる。これに対する返信は、財務大臣としてのGordon Brownの名前で行うから、Gordon BrownGordon Brownが手紙をやりとりするという珍妙な事態となった。

2 政策の立案

(1) Independent Review

日本の省庁においては、省庁の政策を立案するプロセスとして、審議会が幅広く活用されてきた。Treasuryにおいてこれに近い機能を果たしていると考えられるのは、Independent Reviewと呼ばれる、有識者への諮問である。日本の審議会が基本的に常設機関であるのに対し、reviewはある特定の案件を調査・検討するためにアドホックに立ち上げられる。97年以降数十ものreviewが行われており、私が当初所属していた金融部局の関係でも、これまで例えば、Cruickshankbankingについて、Mynersinstitutional investmentについて、Sandlerretail financial productsについて報告書を作成しており、業界に大きな反響を巻き起こすとともに、行政のバックボーンとなっている。こうしたReviewのプロセスは、以下述べるように、日本の審議会プロセスによく似ている。

まず、財務大臣(Chancellor)から、特定の有識者に対し、特定の案件が諮問される。このタイミングは予算書(Budget)において新しい政策課題が発表されるのに合わせて行われることが多い。reviewを担当する有識者は、政府から独立した立場で検討を指揮するが、事務局として役人が調査や報告書のドラフトを行うことが多い。典型的なパターンとしては、レビューが始まって直後に、レビューが検討しようとする論点の概要についてconsultationを行う。コンサルテーションとは、日本ではパブリック・コメントと呼ばれているもので、広く一般からの意見募集を行うものである。

そして、このコンサルテーションへの反応も踏まえて検討を進め、場合によっては中間報告(interim report)を公表しさらにコンサルテーションを行う。そして、最終報告書がChancellorに提出され、同時に公表される。最終報告書はコンサルテーションに付され、その反応も踏まえて、政府としてのアクションを決定する。政府は当然、報告書に盛り込まれた提言を最大限尊重することとなっているが、コンサルテーションへの反応等によっては、提言を政策に移す際に適切な修正を加えることがある。レビューは政府の施策そのものではなく、あくまでも施策を実現する責任は政府にあるわけである。

日本の審議会のように、多数の委員が集まって審議を行うというスタイルはあまり用いられず、節目節目のコンサルテーションを除いて、検討はほぼ密室で進められる。日本の審議会の方が透明性は高いといえるが、運営には多大な労力と時間が費やされる。また、日本の審議会の場合は議論の段階から様々な利害関係者が参加するため、それらの意見が反映される機会が多いが、英国のレビューの場合はそれを担当する有識者(あるいは役人)の独断によって進められる。そのため、非常にドラスティックな提言がなされやすいが、その場合産業界から大きな反発を招くこともある。

私がTreasuryでの一年目に担当していた分野の一つは、こうしたindependent reviewの一つであるMyners reviewである。これは、2001年に、財務大臣の諮問に応じて、投資会社(Gartmore Investment)の会長であったPaul Mynersが、英国の機関投資家の行動を分析する報告書をまとめ、英国の投資の効率化・適正化のために数々の提言を行ったものである。これには、代表的な機関投資家である年金基金や、ファンド・マネージャーに対し、厳しい変革を求める提言も含まれており、現在に至るまで議論は絶えない。私が担当していたのはこのMyners Reviewのフォローアップであり、例えば、@Mynersの提言の一つが実現される立法(Pensions Act)についての労働年金省(Department for Work and Pensions)との協議、AMynersの提言が、その後どれだけ年金基金によって採用されているかの調査、BMynersの提言のうち、特に重要な課題についての、産業界や有識者との懇談会の企画、今後のアクションプランの作成、といったものであった。

(2) 日本への示唆

日本においては、審議会という会議形式をとっているため、その運営自体に多大な労力が費やされている。いわゆるワーキンググループのようなものまで含めると、毎週のように会議を開催する場合も多いが、Treasuryのように補助職員の人数が少ない職場ではこれは不可能であろう。日本の方が、少数の関係者のみで政策を決定する英国のreviewの方式と比べて透明性が高いともいえるが、日本でも答申の原案はほぼ事務方のみ、あるいは事務方と座長のみでほとんど策定するのが通常であり、実態としてはあまり変わらないといえよう。また、業界や、各分野の専門家から議論を求めることができるという利点はあるが、これもconsultationのような意見募集と、必要に応じた個別の面談で相当程度代替できると考えられる。(金融審議会のワーキンググループのような)実質的な議論がなされる審議会であればともかく、大半の時間が事務局からの説明に費やされ、ほとんど実質的な議論がなされないような審議会については、行政運営の効率性の観点から整理・削減していくことが望ましいのではないか。また、かつての金融制度改革や、金融ビッグバンのような、大きな政策決定は審議会の審議・答申にふさわしいものであるが、技術的な案件まで形式的に審議会にかける必要は無いのではないか。

ただし、日本の審議会方式には、個別の利害の対立が激しい案件について、オープンな場に関係者を集めることによって利己的な議論を封殺することができ、また関係者がその場に居合わせたという事実を以って、一応の了承を取り付けることができるという利点がある。英国方式は、業界等の反対が激しい結論であっても大臣の責任で実行に移すことができるという環境があって初めて機能するとも考えられる。

また、審議会の存在を通じて、常に各方面の有識者や、業界の代表とのパイプを持ちうることは、大きな利点であるといえる。私は、前述のMyners Reviewの議論を推進するために、財務大臣官邸(No.11)において4度に渡り有識者懇談会を企画・開催したが、最初にこれを立ち上げる際は、人選や、連絡先の把握など、全く無から(しかも土地勘の無い場所で)始めなければならなかったので、非常に苦労した。

3 予算の過程

  私は2年目から、主計局(PSD)に異動し、歳出予算関係の仕事に携わった。

英国では日本と同様に会計年度は4月から3月までであり、毎年3月に予算(Budget)が発表され、そして国会に、当該年度の歳出権限と徴税権限の基礎となる法案が提出される。ただし、3月のBudgetで発表される政策の中核は、税制改正である点には注意を要する。日本や他の多くの国では、予算(Budget)とは第一義的には歳出権限を指すが、英国では歳入権限に伝統的に重きが置かれているのである。また、Budgetは、政府の経済見積りを発表する文書でもあり、これもBudgetの役割として非常に重要である。歳出予算については、後述のようにSpending Reviewという別の手続で詳細が決められるのであるが、それでもその大枠はBudgetによって与えられることとなる。

  なお、現政権では、春のBudgetに先立ち、秋(通常は11月ないし12月初め)に、Pre-Budget Reportが公表される。これは、予算編成過程の透明性を高める目的で導入されたものであり、基本的には、予算案のconsultationという意味を有している。

  Budgetの過程で最も重要なのは、前述のように、これにより発表される税制改正の内容の決定である。これは、日本のような、要望を各省庁から募り、党税調で審議するといった過程とは全く異なっている。英国では、政府の政策決定について事前に党が介入するということはなく、税制改正の決定はすべて財務大臣のGordon Brownに委ねられている。事務方は、様々な税制改正のプランについて、スコアシート(それぞれの税制改正項目がもたらす増減収の推計)を作成し、政策的な長所・短所について大臣へのアドヴァイスを行うが、政治的な判断は専ら大臣の仕事である。Brownは、発表ぎりぎりのタイミングまで重要な判断を保留する傾向があることで知られており、それによってプレス発表資料等もすべて変わってしまうため、やや事務方泣かせの面はあるらしい。

もっとも、Budgetにおける新政策、特に税制改正の発表は、財務大臣にとって最大の「見せ場」であり、大臣がサプライズを用意するのはある程度やむをえない傾向といえる。面白いのは、増税等の税制改正をしばしば発表即日に施行してしまうことである。これは、発表から施行までの間に駆け込みで税逃れを行うことを防ぐためで、こうした前倒し施行について国会の法律で包括的な授権がなされている。それにしても、法律の成立はおろか、法案作成すらしていない段階で税制改正を施行するというのは、我々の租税法律主義の感覚からは驚きに値する。

そして、こうした毎年度のBudgetと並行して、2年置きに、夏(7月)に、歳出見直し(Spending Review)が行われる。これが実質的な歳出予算編成である。予算編成過程及び財政制度の詳細については付章2を参照されたい。

4 立法作業

英国のTreasuryにおいても、立法作業は行政官の重要な仕事の一つである。

英国においては、議会において審議の上可決される法律(Act of Parliament= primary legislation)と、法律の授権の下、行政レベルで制定される規則(Statutory Instrument(SI)= secondary legislation)とがある。SIは日本でいえば政省令の役割を果たしているが、政令のように内閣全体の責任で制定する形式はあまりみられず、大半は各省の大臣の責任で制定する省令である。

私が携わっていた仕事の一つは、英国の金融サービス全般を規制する包括法、「金融サービス市場法」(Financial Services and Market Act 2000)についての、施行後2年を機会とした包括的な見直し(FSMA 2 year review)である。ただし、今回はまだ施行から2年しか経っていないことから、法律レベルでの改正は基本的に行わないことが早くから決定され、法令改正は専らsecondary legislationに限定された。立法作業は、通常、@条文案とconsultation documentの作成・公表、A利害関係者からのコメントの検討、協議、Bフィードバックの公表、C条文の国会提出、という順序をとる。consultation はは、日本でいうとパブリックコメント手続に相当するが、英国におけるそれは日本よりはるかに広汎に、かつ実質的に行われており、政策形成・立法の重要な過程となっている。consultation documentには、それぞれの法令改正案について、その背景、問題の所在、考えられる選択肢等について詳細に記述し、条文案も添付している。日本におけるパブリックコメントに比べると、consultationの段階での行政の姿勢は一般にはるかにオープンであり、その反応によって政策を決定・変更することも珍しくない。consultationは原則として12週間行われることとなっている。また、規制の新設・改廃にあたっては、Regulatory Impact Assessmentという、規制が業界に与える効果についてのアセスメントを添付することが義務付けられている。これはできるだけ定量的に示すことが望ましいとされているが、実際には効果を定量化するのは困難な場合が多く、体裁だけ整えたようなアセスメントもしばしば見受けられる。

立法作業が日本と決定的に異なるのは、条文は専門のlawyerによって起案され、通常の行政官は政策を決めた上でlawyerに対して指示をするのみである点である。省令の場合であれば、担当者の指示により、その省に所属するlawyerが起案する。法律の起案は、政府全体のlawyerであるParliamentary Counselが行うこととなっている。この場合、法案所管省の政策担当者が、その省のlawyerに指示を出し、さらにそのlawyerからParliamentary Counselに指示を出すという手順を踏まなければならない。こうしたlawyerは、起案をする上で政策担当者の意図を確認したり、あるいは政策担当者に対して法律面からのアドバイスを行ったりすることもあるが、政策自体を策定するのはあくまで政策担当者であるという役割分担ははっきりとしている。この点で、英国政府のlawyerは日本の内閣法制局にも似ているが、自ら条文の起案まで行う点で顕著に異なっている。

Treasuryだけでも20名程度のlawyerがいるが、これは少ない方で、例えばDTI(貿易産業省)では300人ものlawyerがいるという。Treasuryでは局長や事務次官にさえ個室が与えられていないが、lawyerにはそれぞれ個室が与えられており(ただし、地下であるが)、それなりの待遇がとられているといえる。

<日本への示唆>

専門のlawyerにより起案を行うことのメリットは、一般的には、
      @法令の正確性、整合性が保たれること
      A 職員の立法作業の負担が減り、政策自体の立案に集中できること
と考えられる。

@については、日本でも法律・政令においては法制局で参事官、部長による徹底的なチェックが行われるが、省令になるととたんにチェックが甘くなり、不整合や過誤も多いという事態が生じる。

Aについては、確かに、日本において、職員が条文を起案した上でさらに法制局のチェックを受ける場合と比べれば、負担は軽いといえる。ただし、lawyerに指示する手間がかかるため、立法作業の負担が純減するわけではなく、またむしろ条文の作成により長い期間がかかることもある。

いずれにせよ、日本においては法曹資格の取得が英国に比べてはるかに困難であり、官庁において立法作業を完全に委ねることができる程度の人数を雇うことは現状では難しいと考えられる。日本では、慣習的に、官庁において、高い技能を持った職員を比較的安い報酬で長時間勤務させることができるため、職員自らが起案を行うという仕組みが成り立っているともいえる。ただし、法科大学院の導入により、法曹の人数が飛躍的に増大すれば、将来的には英国のような仕組みを徐々に採用していくことも可能かもしれない。なお、英国では、法曹の資格を持った人間が通常の政策職員として働いているケースも多い。  

なお、条文の内容自体の検討以外に、日本では、関連法令の付随的改正(いわゆる「ハネ」)、「改める文」の作成、条文の校正・読み合わせ、内閣提出用正本・副本(「青枠」)の作成といった、付随的業務が膨大であるが、英国ではこうした業務がはるかに少なく、また、あったとしても政策職員はほとんどそれに関わらない。日本の場合、立法関連の手続は特に、単に慣習として続いているものが多く(法律の正本を「こより」で綴じる慣習などは最たる例)、それらの合理性を一度白地で問い直してみることが有益であろう。

また、読み合わせ等に多数の職員が膨大な時間を費やしても、やはり間違いは発生する。そうした問題が発生するたびに、読み合わせの人数、回数の増加をもって対応しようとするのは、既に多くの職員が長時間労働をしていることを踏まえれば、有効な対策とはいえない。むしろ、より間違いの起きにくいシステムや、間違いを速やかに是正しうるような仕組みを導入していくことが、抜本的な対策として求められよう。

例えば、英国では、上記のように、かなりの時間をかけて、条文案全体をコンサルテーションにかける。その過程で、業界や法律事務所は条文を一言一句精査するため、間違いや矛盾点があればまずこの段階で相当程度明らかとなるのである。日本の場合は、立法のスケジュールが常にタイトであり、こうした長期間のコンサルテーションを行うことは現状ではなかなか難しいかもしれない。

また、例えば金融サービス市場法では、付随的改正や、経過措置については、全面的に省令に委任されており、こうした省令で、法律本体を改正することもできる。これはさすがに日本では制度的に不可能であろうが、ささいな間違いについては正誤表を出したり、あるいはそれを別の立法機会に修正する(事実上頻繁に行われているが)ことについて、もっと寛容に認められるべきではないかと思う。もちろん、業務の正確性を追求することは重要であるが、行政職員のコストを無視してはならない。より高い仕事の質を求めることは当然としても、それは追加的に必要となる労働コストと比例的なものでなければならない。

5 国会審議

  英国では日本と同様の議院内閣制をとっており、国会の活動も日本とよく似ている。(例えば、党首討論は、英国をモデルとして近年日本に導入された。)しかし、国会審議の実務に関しては、下記のように大きな違いがある。議会制民主主義の母国といわれる英国であるが、国会審議に関連する官庁の負担は、感覚としては、日本の十分の一にも満たないのではないかと思われる。

(1) Question time (Oral questions)

月曜日2時半及び火曜、水曜、木曜11時半から1時間、House of CommonsQuestion timeが行われる。このうち水曜は、首相に対するQuestion time(党首討論)に充てられるが、他の曜日については、各省(の大臣)が順番に審議の対象となる。こうした、各省へのQuestion timeは、Oral questionと呼ぶことが多い。

各省が順番に審議の対象となる結果、個々の省、例えばTreasuryは、下記に述べるように、月一回ぐらいしか審議の番が回ってこない。これとは別に、法案を審査するStanding Committeeや、各省毎に特定の事項を審査するSelect Committeeといった、「委員会」があるが、委員会の質疑は、節目節目にテーマを絞って行われるものであり、恒常的に行われるものではない。日本では、一ヶ月以上の期間に渡って予算委員会で全省庁のあらゆる議題が審議の対象とされる。それに加えて、週2回ないし3回、委員会で質疑がなされ、例え法案審議であっても議題はそれに限定されない。こうした点から考えると、日本の政府は、イギリスに比べてはるかに膨大な国会審議にさらされているといってよい。(仮にイギリスで大臣がこれほど連日拘束されていたとしたら、大臣の実質的役割が大きい同国では行政に支障が生じるであろう。)

Oral questionの質疑に際しては、議事に記載された質問の順番に質問者が立つ。(原則、質問者一人につき一問だけ。)質問はあらかじめ議事に記載されているので、質問者は改めて質問を読み上げる必要は無く、いきなり大臣が用意してきた答弁を読み上げることから質疑は始まる。ここから、質問者は「追加質問」を行うことができ、リアルタイムの応酬となる。十分な追加質問が行われたと議長が判断すると、2問目(二人目の質問者)に入る。こうして順番に質疑が行われていくが、時間内に終わらなかった質問は、Written answerによって回答されることとなる。質疑の進行は議長の裁量に委ねられており、それによって、どの程度追加質問が許されるかが決まってくることとなる。

(2) Treasury Oral Questions

Treasuryは、4週間置きに、木曜日の11時半から12時半までの間、口頭質疑を受ける。これには通常、5人の大臣が全て参加する。25問の質問が用意されるが、通常は、口頭質疑でカバーされるのは1215問程度である。

25問の質問は、質疑が行われる週の、月曜日の午後に通告される。これらはParliamentary Unitによって割り振られ、火曜日の午後3時までにPUへ答弁を提出することが求められる。

(3) 質問の種類

口頭質問のほかに、Named day question(期日指定質問)及びordinary written question(書面質問)がある。期日指定質問はその指定した日に回答が求められるが、「保留」の回答をすることもできる。書面質問は、通告されてから一週間以内に回答が求められる。

通常、口頭質問については3営業日前に通告がなされる。期日指定質問については、最低72時間前に通告がなされる。書面質問については通告期限は無いが、前述のように一週間の回答期間が与えられる。口頭質問は、前述のように議事にあらかじめ記載されるため、この通告期限のルールは厳格なものであり、日本のように前日の夜や当日に急に通告が来ることは無い。

また、質問内容については一定のルールがあるとされる。質問は、質問でなくてはならず、質問に名を借りた意見表明であってはならない、政府は報道やうわさの真偽についてコメントする責任を負わない、同じ会期中に既に回答した質問について(その回答が回答の拒否であった場合も含む)政府は再び回答する責任を負わない、等、日本の状況からすれば非常に興味深いものである。もちろん、こうしたルールは一種の紳士協定であり、常に厳密に守られるわけではないが、日本に比べると「質疑」としての秩序が比較的よく保たれているように思われる。

(4) 答弁の作成・提出

質問が当たると、PUから、担当課に対して電子メールで質問が回付される。この段階で、質問がその担当課のものでないとして弾き返す場合もあるが、日本のような「割り振り争い」はあまり見られない。日本では、質問が一問当った場合の損害が大きいこともあって、内容が複数課にまたがる場合などは、他課に押し付けることに非常な精力を注ぐ。英国では、答弁の負担自体それほど大きなものではなく、割り振りで時間を浪費するのは大人気ない行為と見なされるであろう。

前述のように、質問はあらかじめ書面で伝えられており、通常は2〜3行程度の簡単なものである。これに対して、大臣が答弁を読み上げることから質疑が始まるわけであるが、その答弁自体も数行程度の簡単なものである。むしろ、答弁資料の主体は、関連質問に備えた背景説明や想定問答集となる。日本のように議員に事前レクをするということがないので、関連質問として何が聞かれるかは、事前に推測するしかない。ただ逆に、事務方としてはある程度一般的な想定を用意しておくしかないので、日本のように質問が中途半端に分っている場合に比べて、かえって準備は楽であるということもある。いずれにしても、関連質疑も2、3の質問と答弁の応酬で数分のうちに終わるのが通常であり、日本の委員会のように、一人の議員と何十分にも渡って議論しあうというものではない。

Treasuryにおいては、答弁の提出にはレンジFクラス(課長レベル)のクリアが必要とされるのみであり、それを経て担当者からメールでPUに送信するだけなので、日本に比べると作成手続は非常に簡易である。前述の書面質問の場合も手続は同様で、日本の「質問主意書」のような非合理的な事務負担は全く無い。

答弁の内容にしても、日本と比べて(さらに)ぶっきらぼうなものが多い。日本では、質問として尋ねられたことは、複数省庁にまたがるものであれ、海外の情報であれ、いかなる努力をしても答えなければならないような雰囲気があるが、英国では、単に、「そのようなデータは中央で集計していない」といった調子の答弁が目立つ。また、Disproportionate Cost Thresholdという慣習があり、人件費を含め、答弁の作成に一定以上のコストがかかると見込まれる場合には、答弁を拒否できる。実際、この慣習に基づく答弁拒否は頻繁に行われている。

 (5) 答弁者

   質問は通常、財務大臣(Chancellor)に宛てられるが、答弁者は担当大臣(例えば金融関係であればFinancial Secretary)と決まっている。質問者は、特定の大臣に答えさせるよう要求する権利は無い。本会議場で行われるOral questionの答弁者は大臣のみであり、役人が答弁に立つことはない。答弁作成者(通常は課長補佐レベル)が議場に随行することもあるが、これは特に必要と考えられる場合のみであり、日本のように、すべての答弁について常に担当者が随行するという習慣は無い。(そもそも、本会議場では官僚は大臣の近くに座れないので、あまり意味がない。)英国の大臣達は概して議論に長けており、大抵の質問に対しては機転で対応できる(実質的な内容は必ずしも詰まっていないとしても)。

(6)       各省別委員会(Select committee

日本と同様、House of Commonsには各省別のSelect Committeeがあり、例えばTreasuryについてはTreasury Select Committeeが、予算や事前予算報告(Pre Budget Report)などの重要政策の発表直後、あるいは何か特定の事項を調査するために、時折審議を行う。Select Committeeの審議は、小さな部屋でインフォーマルな雰囲気で行われ、公衆さえも大臣達のすぐ後ろで傍聴することができる。

ここでは十数名の議員が政府側と対峙し、議員も政府側も着席したままリアルタイムでやり取りを行うので、密度が濃い。審議時間は一回につき2時間程度で、内容は特定のテーマに集中している。このような審議形態であるため、前述のOral questionのように質問が事前に通告されることは無いが、テーマは限定されているので、どのようなことが聞かれるかはおよそ予想がつく。

政府側の出席者は、委員会側の求めに応じて異なるが、担当大臣のほか、官僚も出席し、答弁することができる。官僚は通常は局長級であるが、課長や課長補佐も出席者として登録されていれば発言することができる。また、登録者以外の官僚も、後ろに控えて補佐するが、主題に非常に関係の深い者が数名随行するのみであり、日本のように、一回の審議で20人もの担当者が議場に控えるといったことはない。

例えば、200412月のPre Budget Report発表の直後に、その内容についての委員会審議が行われたが、これは2日間に渡り、初日は官僚のみが出席し、2日目は財務大臣(及びそれを補佐する官僚達)が出席した。Pre Budget ReportBudgetの後の審議はこのような構成をとるのが通例である。このようにセッションが分かれているため、技術的な質問は主に官僚のセッションに行い、大臣に対してはより政策的な質問に集中することができる。Select Committeeの審議の基本的な目的は、後日にレポートを発表するための「情報の収集」であり、政府側は、質問に対する回答がその場でできない場合に、後に書面で回答するといったことも認められる。(その補足回答も、すぐに返さなければならないわけでなく、数週間単位の猶予がある。)私はこのとき、2日目の財務大臣のセッションを傍聴したが、2時間の審議を通じ、結局財務大臣が全ての質問に回答した。(いくつか数字に関し財務大臣が把握していない場面があったが、議員の側もあまりこだわらず先に進んだ。)

6 政治家との関係

  英国においては、公務員の「政治的中立性」が厳格に服務規律として定められている。これは、日本のそれよりもはるかに厳格なものであり、例えば、公務員が党や政治家のパーティーに出席したり、特定の党の政治家に対して非公開の情報を提供することも原則として禁止される。基本的な理念は、公務員は、職務上、特定の党のみが有利となるような行為をしてはならない、ということである。英国でももちろん、公務員は民主主義に基づく説明責任を負っている。しかし、ここで注意を要するのは、公務員が説明責任を負っているのは大臣に対して、あるいは集合体としての国会(議院)に対してであり、個々の政治家や政党に対する説明責任は負っていないということである。大臣でない議員については、例え与党であっても、野党と同じ対応をしなければならない。こうしたルールのため、日本のように、発表前の政策や法案について与党の議員に個別に「説明」するといったことはない。また、党の部会に役人が出席して政策の説明を行うということもない。議員の側から、政府の施策について何か影響を与えるには、担当の大臣と話をするしかないのである。

  なお、英国ではこのように、日本と違って、法案等について与党と事前に折衝する慣習が無いが、その代わり、国会での法案の修正は日本よりはるかに多い。

下院のHouse of Commonsでは与党が圧倒的多数を占めていることから、通常は政府提出法案が否決されることは無いが、非常にcontroversialな法案(例えば、与党の選挙時のマニフェストに反するものであった場合)については、与党内にも多くの造反議員が出ることがあり、そうした議員への妥協策としての法案修正も行われる。いずれにせよ、こうした議員達との交渉は大臣の仕事であり、官僚が出ていくことはない。

また、上院のHouse of Lords(貴族院)では、野党が多数を占めており、法案は下院よりむしろ上院で難航することが多い。英国では、小選挙区制で選出された議員達からなるHouse of Commonsと、選挙を経ていない「貴族」で構成されたHouse of Lordsとで明確に役割が異なっている。「貴族」(Lords)には、世襲貴族と、任命された一代貴族があるが、現在は大半が一代貴族であり、何らかの専門的識見を持っている。House of Lordsでは法案が逐条的に審査され、技術的な面も含めて多くの修正がなされる。


  

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第五章 勤務形態・職場文化